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【ICTレポート】第27回 大阪工業大学ロボティクス&デザイン工学部アシスティブデバイス研究室「Finch(フィンチ)」

手に入れたその日から気軽に使える。
“道具”としての機能を追求した、2本目の義手。

Finch
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内閣府が発表している『平成25年版障害者白書』(※1)によると、上肢切断者の総数は約8万人。機能的な問題などがある人を含めると、約52万人ほどの方々が上肢に何らかの障がいがあるとされています。
宮城県リハビリテーション支援センターの樫本修氏らが2013年度に発表した報告書によれば(※2)、2010年度の補装具支給判定における義手の新規処方数は219件。そのうち装飾用が189件、能動式が11件、作業用14件、筋電が5件となっています。普及している義手の多くが装飾用であり、手の把持機能を補完するような義手は、あまり活用されていない実状が垣間見られます。

これまでもドリームアークでは、さまざまな義手の活動をお伝えしてきましたが(※3)、今回は、“義手には人間の手に酷似した外観が必要”という発想を転換し、“道具”としての機能性を追求した、新しい義手「Finch(フィンチ)」をご紹介します。
現在、商品化もされている(※4)「Finch」は、大阪工業大学 ロボティクス&デザイン工学部 システムデザイン工学科 アシスティブデバイス研究室にて研究・開発されました。まずは、これがどのような義手なのかをお伝えいたします。

※1:『平成25年版障害者白書(全体版)』付録、「8.障害児・者数の状況」
http://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/h25hakusho/zenbun/furoku_08.html

※2:『障害者自立支援法における筋電義手の支給と課題』樫本 修(宮城県リハビリテーション支援センター)

※3:下記の2本の記事を掲載しました。
○2015年2月13日
【ICTレポート】近畿大学 生物理工学部 人間工学科 人間支援ロボット研究室 北山 一郎 准教授 インタビュー
http://www.dreamarc.jp/archives/2856/
○2015年3月31日・4月1日
【ICTレポート】社会福祉法人 兵庫県社会福祉事業団 兵庫県立リハビリテーション中央病院 「ロボットリハビリテーションセンター」前編・後編
http://www.dreamarc.jp/archives/3071/
http://www.dreamarc.jp/archives/3119/

※4:2016年1月、ダイヤ工業株式会社より発売。http://finch-hand.jp/

シンプルな機構で高い機能性と操作性を実現する
対向3指の電動義手「Finch」

「Finch」は、手には似ていなくても持つ喜びが得られるデザインと、道具としての機能に優れた電動義手。日常生活における「非利き手」が担う役割の分析に基づいて、容易な操作、軽量で低コストな義手として開発されました。
多様な日用品を把持できる対向3指、採型不要で簡単に着脱できるサポータソケット、容易に使えるようになる筋隆起による操作システムが特長です。コンタクトの人が家ではメガネを使っているように、義手も時と場所に応じて気軽に使い分けられてもいいのでは、と、装飾義手ユーザーで日常生活に不便を感じている方が、自宅や職場で作業に使用することが想定されています。手に入れた日から気軽に使える “2本目の義手”、日常生活のツールとなる新しい義手です。

「Finch」の構成要素
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「Finch」デモンストレーション動画

■多様な形状の物をつかんだり、移動させたりできる「対向3指」

「対向3指」でつかめるものの一例
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手の形状に似せた従来の義手では、物をつかむ姿勢に制限があり、肩や肘で動きを代替する必要がありましたが、「Finch」では、3本の指を対向配置することで、より自然な姿勢で物がつかめるようにしています。500g程度の物をつかんだり、移動したりすることが可能です。
また、指にトーションバネ(回転運動をさせる場所などに用いられるバネ)を内蔵することで、従来の電動義手よりも細かな作業ができるようになっています。さらに、指先キャップはシリコン製。物をつかんだり、押さえたりする際にすべりにくくなるように工夫されています。

対向3指により本体を回転させずに3パターンの把持が可能
3指により人間と同様の把持が可能
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■容易に装着可能でいつも清潔に保てる「サポータソケット」

「Finch」を装着する様子
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装着部の「サポータソケット」は、周径を微調整できる樹脂ソケットフレームとこれに被せて使用する布製サポータで構成。布製サポータを樹脂ソケットフレームに被せ、サポータのベルトで固定することで、簡単に義手を装着することができます。また、適度な摩擦と快適性が得られる特殊素材により、抜け落ちを防ぎます。
ソケットフレームは5サイズあり、外側に調整用スリットも入っているので、体格に合わせて使えます。布製サポータは肌当たりがよく、通気性のよい素材を採用。洗濯もできるので、いつでも清潔に使っていただけます。

サポータソケットの構造
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■容易な操作を実現する「筋隆起センシングに基づく操作システム」

筋隆起センシングのしくみ
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「Finch」は、距離センサを利用した筋隆起センサにより、装着した人の筋肉の隆起を検出し操作します。距離センサーは筋電センサーとは異なり、直接肌に触れることなく検出することができるので、アレルギー体質の方も安心。ノイズに強く、誤動作を抑えることができるというメリットもあります。上の図のように、サポータのポケットに挿入できるほか、任意の残存部位に置いて使うこともできます。3mmの範囲を1024段階で検出するセンサなので、微妙な筋肉の隆起で作動させることができます。さらに、ワンボタンで、筋肉隆起の個人差を調整することが可能。ユーザーに合わせたカスタマイズが手軽にできます。

■軽量・低コスト・容易なメンテナンスを実現したシンプルな機構

「Finch」は、先端部にあるハンドの中に、マイコンと充電式バッテリー、リニアアクチュエータ(モーターの回転を直線運動に変換し、押し引きの動作を実現する装置)を収納。総重量330g(サポータソケット含む)という、これまでの電動義手に比べて大幅(一般的な電動義手の約3分の1)な軽量・コンパクト化を実現しています。また、シンプルな機構にすることで部品点数を抑え、3Dプリンタによる成型を可能に。部品交換などをイージーにすることで、容易なメンテナンスを実現しています。

「Finch」の開閉機構
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コンパクト化された部品(3Dプリンタで成型)

電動モーターやバネを使ってつかむ。
見た目を重視しながら把持もできる、機能的装飾義手「Rehand」

「Finch」が、手に似せることよりも手の機能の獲得をめざした一方、リアルな見た目を大切にした義手の開発も、同じくアシスティブデバイス研究室で進められています。それが、機能的装飾義手「Rehand」です。
日本人は見た目を大切にすることが、冒頭の資料で装飾義手へのニーズが高いことからも伺えます。そこで、大阪工業大学ロボティクス&デザイン工学部では、電動モーターによって把持機能を持たせた「Rehand‐a」と、バネを活用して把持する「Rehand‐p」も開発しました。「Rehand‐a」は使う人の動作意図に基づいて指先の開閉を操作でき、「Rehand‐p」は健側で対象を挟んでつかむという使い方になりますが、モーターが内蔵されないぶん、かなり軽量化できるというメリットがあります。
いずれも、外観が実際の手と変わらない義手で財布を挟んで、もう一方の手で中身を取り出す、といった動作などが可能になるので、日常生活でのQOL(※5) 向上に期待が寄せられています。

※5:QOL……Quality of Life(クオリティ・オブ・ライフ)の略で「生活の質」などと訳される。詳しくは下記URLにて。
「言葉の豆知識-QOLとADL-」
http://www.dreamarc.jp/archives/1314/

電動モーターを搭載した「Rehand‐a」。リアルな外観に把持機能を備える
バネを使いた「Rehand‐p」の使用例
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■装飾義手のフォルムを損なわずに機能を付与

「Rehand」のポイントは、その設計過程にあります。まず、市販品の装飾義手を3Dスキャナーでスキャン。そのデータを基に機構設計を行います。これによって、装飾義手のフォルムにフィットした中身のパーツの成型を実現。把持機能を持たせながら、見た目にもリアルな義手がつくれるようになりました。

「Rehand」の制作過程図
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■他にも様々な義手を研究・開発中

アシスティブデバイス研究室では、「Fitch」や「Rehand」のほかにも、様々な義手の開発を行っています。たとえば、肘より上で切断した方に向けた上腕義手。上肢のほとんどの関節を受動的に動かすことができますが、こちらは現在、ユーザーテスト中。世に出てくるのが楽しみです。

(左右とも)上腕義手の試作品
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また、指を欠損された方向けの指一本のタイプも。こちらは、まだ開発段階。どうやって手に固定するのかなど、多くの課題があるそうです。

開発中の指1本タイプ

さらに、義手に触覚を付与する技術も名古屋工業大学田中由浩先生と研究中。指側にセンサーをつけて、振動を触角に変換して伝える技術だそうです。
このように日夜、より実用的な義手の研究・開発が進められているのです。

これからは、外観がよく、実用性も高く、低コストの義手を開発することが重要。
開発者・吉川雅博准教授

ここからは、「Finch」「Rehand」の開発に携わられた、大阪工業大学 ロボティクス&デザイン工学部 システムデザイン工学科 アシスティブデバイス研究室の吉川雅博准教授にお話をお伺いしていきます。

義手のあり方について考える吉川准教授
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●ロボット工学を義手に活かす

編集部:アシスティブデバイス研究室では、「Finch」はじめ多くの義手の開発を行っておられますが、義手の開発において、ロボット工学はどのように活かされているのでしょうか?
吉川:ロボティクス&デザイン工学部では、ロボット工学の基盤となる領域である、数学、機構学、制御工学、計測工学、電子工学、材料力学、情報科学、人間工学、プロダクトデザインなど多くの領域について学ぶことができます。
義手の指の開閉の仕組みは機構学、内蔵モーターの制御方法は制御工学、動作意図を読み取るセンサは計測工学、義手を制御する電子回路は電子工学、義手を丈夫に作るために材料工学、操作用のコンピューターのプログラムは情報科学、使いやすい操作性を実現するためには人間工学、より洗練された外観を実現するためにプロダクトデザイン、というように、義手を実現するため、ロボティクス&デザイン工学部でカバーする領域の知識が広く用いられています。
アシスティブデバイス研究室は、特定分野の技術開発を進めていくというよりも、こうした多数の領域の知識を活用、統合しながら、ひとつの義手を実現していく場所となっています。

●“2本目の義手”というコンセプト

編集部:「Finch」はどういった経緯で開発がはじまったのですか?
吉川:冒頭の資料にもありますが、日本の上肢欠損者は約8万人。その中で、前腕欠損という肘から手首までを失った方は約1万人いると推定されているようです。義手には大まかに分けて、装飾義手と能動フック、筋電義手があるのですが、ハーネスの形状が心理的負担となる能動フックや1台150万円から600万円と高価で、しかも900g以上の重さがある筋電義手に関しては、一般に普及させるにはまだまだ課題がある状況です。そのため、義手使用者の実に85%以上が装飾義手を選んでいるのですが、把持機能のない装飾義手では、日常生活において不便なことが多々ありました。そこで、メガネとコンタクトを使い分けるように、義手を使い分けられないか、と考えて、「Finch」の開発がスタートしたのです。
コンセプトは、“2本目の義手”。そこで、外観を手に似せるより、”道具”としての機能性を追求することを重視しました。その結果、「対向3指」という機構を採用することになりました。

●様々な人たちの協力を得て発売へ

編集部:発売に至るまで、いろいろなご苦労があったのではないでしょうか。
吉川:開発がスタートしたのは2011年のことです。国立障害者リハビリテーションセンター研究所の河島則天氏と企画しました。実際の開発においては、東京大学 生産技術研究所の山中俊治教授や、現在、実製作・販売をお願いしているダイヤ工業株式会社さんとご一緒しました。多くの人たちとの協働によって、「Finch」は世に送り出せたのです。
おかげさまで、販売がはじまった2016年には「超モノづくり部品大賞(※6)健康・バイオ・医療機器部品賞」を受賞するなど、評価していただけました。

※6:「超モノづくり部品大賞」……モノづくり日本会議と日刊工業新聞社による、産業・社会の発展に貢献する「縁の下の力持ち」的存在の部品・部材を対象とする賞。

●背景にあるのは、デジタルファブリケーションの充実

編集部:「Finch」の開発を可能にした要素や背景といったものは何ですか?
吉川:やはり3D CADソフトウェアや3Dプリンタ、3Dスキャナ、切削・レーザー加工機といったデジタルファブリケーションの発展が上げられると思います。
ロボット工学や情報科学などの分野において、義手を開発するための技術的要素はとても充実してきています。たとえば、オープンソース化されたハードやソフトの普及や小型コンピューター、モーター、電子部品、回路基板などの要素部品の低価格化などです。これからは、それらをいかに統合し、開発に役立てていくかを考えなければなりません。
中でも3Dプリンタの進化・普及は大きいですね。3Dプリンタを活用することで、短期間での製作が可能になり、必要な人に速やかに使ってもらうことができるようになります。CADデータの変更だけでカスタマイズも容易にできるので、メンテナンスも楽になります。「Finch」では、実製作も3Dプリンタを使っています。

●開発に当事者が参加するインクルーシブデザインを重視

編集部:実際の開発現場の様子をお聞かせください。
吉川:私たちは、基本的に開発の初期段階から、上肢障がいのある方々に参加してもらっています。インクルーシブデザイン(※7)の実施ですね。モデルユーザーの今井剛さんをはじめ、関わってくださっている方は30名以上になります。義手の開発にはユーザー評価が重要です。実際に使う人たちの声をフィードバックして改良していくことで、本当に役に立つ義手になっていくのです。ユーザーだけでなく、医療従事者にも関わってもらってフィードバックをいただく体制をとっています。その声を受けて「Finch」は、常に改良を行っています。発売までに、10回以上の改良を加えてきました。「Finch」は常に成長しているのです。

※7:インクルーシブデザイン……これまでデザインのメインターゲットから除外されてきた高齢者や障がいのある人などに、積極的にデザインプロセスに参加してもらう手法。デザインの専門家だけでなく、多様な人々が参加することで、より幅広く、魅力的で、暮らしに変化をもたらすデザインになる可能性がある。

●今後、様々なバリエーションの「Finch」を開発予定

編集部:これからの「Finch」発展の方向性をお聞かせください。
吉川:様々な障がいの方に使ってもらえるようなバージョンをつくっていきたいですね。たとえば、手はあるのだけれど、少し指が動きにくい、あるいは動かない人に使ってもらうタイプ。手の先に「Finch」を装着して、“3本目の手”として使ってもらえたら、と考えています。また、小さな子どもさんに対応するタイプ。これは「Finch」発表後、親御さんからの問い合わせがたくさんあったので考えているのですが、先天性欠損の子どもの遊びや工作に対応するもの。両手が使えないと難しいことを、できるだけ容易にできるようにする「Finch」です。もう実装実験をはじめているのですが、試作品はちょっと大きいので改善が必要ですね。

“
第3の手”タイプの「Finch」
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●これからも、常に当事者に届く研究・開発を心がけていく

編集部:これからの研究・開発に関する思いをお聞かせください。
吉川:技術的に優れていても、なかなか当事者に届かない研究・開発が少なからず見受けられますが、我々は実現性の高い技術を使った、義手の研究・開発を続けていきたいと考えています。福祉機器はもちろんですが、研究・開発における理想的な環境は、当事者を含め、開発に興味のある人が誰でも研究・開発に参加できるものだと考えています。このような理想の環境をつくるために、これからも常に当事者の方々に届く研究・開発を心がけていきたいと思います。

編集後記

今回の取材で伺った研究室は、梅田の茶屋町という繁華街のど真ん中にありました。まるで、SF映画のワンシーンに出てくるラボのようなスペースでお話を伺っているうちに、今はいったい西暦何年なんだろう……という気分になってきました。
そんな中、吉川准教授は、時に満面の笑顔で、時に真剣なまなざしで、私たちに義手に込めた思いや未来への抱負を語ってくださいました。デジタルファブリケーション、インクルーシブデザインなどが、これからの福祉に欠かせない重要なキーワードであることも実感できました。
工学やロボット関連の研究者の方は、どちらかというと町工場の人のような温かみのある方が多い印象があります。SF的スペースで熱を発する町工場精神。これがきっと、未来の福祉を理想の形に導いてくれるに違いありません。
吉川准教授とアシスティブデバイス研究室の、ますますのご活躍を心より祈念申し上げます。

―吉川雅博准教授 プロフィール―

吉川雅博准教授
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大阪工業大学 ロボティクス&デザイン工学部 システムデザイン工学科
アシスティブデバイス研究室 准教授  博士(情報学)

[略歴]
2010年筑波大学大学院図書館情報メディア研究科博士後期課程修了。博士(情報学)。産業技術総合研究所知能システム研究部門特別研究員、奈良先端科学技術大学院大学情報科学科助教などを経て、2016年大阪工業大学ロボット工学科准教授.2017年より現職。企業での商品企画の経験もある。専門は福祉工学、特にデジタルファブリケーションを活用した義手の研究開発に注力している。
“超”モノづくり部品大賞健康・バイオ・医療機器部品賞、計測自動制御学会学術奨励賞、日本人間工学会研究奨励賞など受賞多数。

「Finch」スペック詳細

重量:330g(サポータソケットを含む)
可搬重量:500g
動作:指の開閉(電動)、手首の屈曲伸展(手動)、指先の回旋(手動)
操作方法:筋隆起センシングに基づく操作システム
バッテリ持続時間:約7時間(別売リチウムイオン充電池)、約3時間(別売ニッカド充電池)※1
素材:ABS樹脂(ハンド、ソケットフレーム)※2、シリコン(指キャップ)、ポリウレタン(サポータ内面)

※1:30秒毎に開閉を繰り返した場合で測定
※2:3Dプリンタでの製造のため表面に特徴的な模様があります

価格:150,000円(税抜)
URL:http://finch-hand.jp/

Finch
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