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【ICTレポート】第24回 「Ontenna」プロジェクト 富士通株式会社 UIデザイナー 本多達也 氏

「あ、音がいた」
一日でも早く、聴覚障がいのある人に音を“感じて”もらうため、日々奮闘中!

皆さん、こんにちは。いつもドリームアークをご覧いただき、ありがとうございます。
今回は、まず、この動画を見てください。

 
「Ontenna」プロモーション動画

日本の聴覚障がいのある人の総数は、約34万人とされています(※1)。しかしながら、それぞれの障がいの程度や経緯はまちまちで、実際にどの程度の障がいを持った人がどれくらいいるのか、という実数はまだまだ把握し切れていない状況となっています。
そんな中、聴覚障がいのある人たちをサポートするため、補聴器をはじめ、骨伝導を応用した機器など多種多様のデバイスが開発されていますが、神経系に障がいのある人(つまり、まったく音を音として感知することができない人)をフォローすることがひとつのハードルとなっていました。また、生まれながら障がいのある人と途中で障がいを抱えることになった人との対応の違いなども課題となっていました。さらに、比較的若い障がいのある人たちは、音に対して大きな関心を持っているのに、その気持ちに応えられるデバイスがほとんどないという状況もありました。
今回は、「あ、音がいた」をキャッチフレーズに、髪の毛で音を感じる新しいユーザインターフェイス「Ontenna(オンテナ)」の開発に取り組まれている富士通株式会社のUIデザイナー本多達也さんに、神経系に障がいのある人や生まれつき障がいのあるような人といった、より幅広い領域で聴覚障がいのある人をフォローできるデバイス「Ontenna」について、その特徴や開発の経緯、将来への展望などをお伺いしました。

※1:「平成18年身体障害児・者実態調査結果」厚生労働省 社会・援護局障害保健福祉部企画課
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/shintai/06/dl/01.pdf#search=%27%E5%B9%B3%E6%88%9018%E5%B9%B4+%E8%BA%AB%E4%BD%93%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E5%85%90%E3%83%BB%E8%80%85+%E5%AE%9F%E6%85%8B%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E7%B5%90%E6%9E%9C+%E5%8E%9A%E7%94%9F%E5%8A%B4%E5%83%8D%E7%9C%81%27

Ontennaは、ヘアピンのように髪の毛に装着して、
音の強弱や長短を振動と光に変換し、音の大きさやリズム、テンポなどを
聴覚に障がいのある人に伝える全く新しいデバイス

 
「Ontenna」最新のプロトタイプ
*クリックすると大きな画像が開きます。

“まるで猫のヒゲが空気の流れを感じるように、髪の毛で音を感じることのできる装置”そんなユニークなコンセプトから生まれたデバイスが「Ontenna」。今、世界中から注目を集めている新しいインターフェイスです。ヘアピンのように髪の毛につけると、生活の中の様々な音を光と振動によって“感じる”ことができます。
「Ontenna」の仕組みは、いたってシンプル。音をキャッチするマイクと振動を伝えるバイブレーター、光を発するLEDが内蔵されています。
マイクが検知した30デシベル(以下dB)~90dBの音圧は、256段階の振動に変換され、バイブレーターを震わせます。同時に、その信号はLEDも発光させます。そうして、音の大きさやリズム、テンポなどを伝えることができます。
本多さんいわく「振動の強弱で、音の距離感がつかめますし、左右にひとつずつ着ければ、ステレオ効果で、音の方向や動きを捉えることもできます。そして、LEDが光ることで、周囲の人と音の情報を共有することもできるのです」。

周囲の音をマイクが検知→検知した音圧を256段階の振動と光に変換→髪の毛でリズムやパターンを感じる

「Ontenna」のポイントは、①皮膚に直接触れない→装着してもかぶれや蒸れなどが起こりにくい、②センシティブな髪の毛を伝達に活用する、③手話や家事で必要な両手をあけることができる、④服につけるタイプではないので、より振動が伝わりやすい、⑤デバイスを頭に着けるので頭を動かしても音を正確にキャッチできる、などがあります。まさに、「音の存在を捉える=音がいる」ことがわかるデバイスとなっています。
これまで「Ontenna」のモニターとなった方々からは、“チャイムが鳴っているのがわかってお客さんが来たのに気づいた”“着信音によって振動するリズムが違うので、電話とメールの音の違いがわかるようになった”“急に振動がなくなってしまったので、掃除機のコードがコンセントから抜けてしまったことに気づけた”“振動が段々大きくなってきたので、車が近づいてくるのがわかった”など、「喜びの声がたくさん寄せられました」と本多さんは笑顔で教えてくださいました。

 
「Ontenna」使用例動画

聴覚に障がいのある人たちに、音を届けたい。
学生時代に抱いた思いを胸に刻んで。
開発の原動力は、音を感じたときの彼らの笑顔

それは大学の学園祭でのこと。「ひとりの聴覚障がいのある人との出会いが、『Ontenna』開発に携わるきっかけになった」と本多さん。
「校内で道に迷っていたその人を、身振り手振りで案内したのをきっかけに交流がはじまり、手話を勉強するようになって、聴覚に障がいのある人たちと様々な活動をご一緒してきました。その中で音が聞こえないことの不便さを知り、彼らに音を届けたいと思うようになったんです」
大学で情報やセキュリティーについて学んでいた本多さんは、「身体と感覚の拡張」をテーマに研究を重ね、大学4年生になった2012年に「Ontenna」の研究開発をスタートさせました。

 
「Ontenna」開発の経緯を熱く語る本多さん
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数カ月のあいだ製作に没頭し、ついに光の強弱で音情報を伝えるプロトタイプ第1号が完成。自信満々で、聴覚に障がいのある人に見せたところ、「こんなの使えないよ」と厳しい反応が返ってきました。日常を視覚情報に頼って暮らしている彼らにとって、さらに新たな視覚情報が加わることは負担でしかなかったのです。
そこで、本多さんは考え抜いた末、光に加えバイブレーターによる振動で音を伝える現在の仕組みをつくり出しました。しかし、どこにデバイスを装着するのか、振動の強さをどのくらいにすればいいのか……解決しなければならない課題は山積みの状態でした。
どこに装着すればいいのか……という課題には試行錯誤が続きました。腕や手につけると手話をしたり、家事をするのにジャマになります。また、直接肌に触れるようなタイプだと“蒸れたりかぶれたりしそう”という意見が出ました。それなら服につけてみようと試したら「振動しているのがよくわからない」と指摘され……。八方ふさがりになっているときに、ある聴覚に障がいのある人からの言葉がアイデアを生み出すきっかけとなりました。
“風が吹くと髪がなびいて、風がどこから吹いたか方向がわかるよね”
確かに、髪の毛はとてもセンシティブで、テンションがかかることで振動を感じやすいし、蒸れやかぶれの心配もなく、家事や手話の邪魔にもならない。様々な課題を一挙にクリアできる、「理想的なインターフェイスになる」と確信したそうです。そうして、ヘアピンのように髪の毛につけるという現在のフォルムにたどり着いたのです。これは、聴覚に障がいのある人といっしょに開発を続けてきたからこそ得られたアイデアでした。

 
本多さんの原点となったヘアピン型のプロトタイプ第1号
(写真提供「FUJITSU JOURNAL」〈http://journal.jp.fujitsu.com/〉)
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大学院2年生になった2015年、本多さんはITクリエータの登竜門とされている国家プロジェクト「未踏プロジェクト」で、未踏スーパークリエータのひとりに選出されました(※2)。これにより、開発予算を確保することができ、基盤設計やデザインがブラッシュアップされ、「Ontenna」は急成長を遂げます。
つけやすく、落ちにくくするために、1.5cmほどの基盤の幅ギリギリにまでアーチ構造を取り入れ、髪の毛をつかむ面積が増やされました。振動が伝わりやすいようにバイブレーターは髪の毛に近い位置に、光を拡散しやすくするためにLEDは基盤の真ん中に、ハウリングを抑えるためにマイクはバイブレーターから離すなど、基盤レイアウトにも工夫が施されました。
毎日身につけるものだからと、デザインにも徹底的にこだわり、最初、長方形だったデザインは、“角があるので痛そう”というモニターの声を採り入れ、丸みを帯びたものに変更されました。そのほか、できる限りのコンパクト化が図られています。そこには、「どんなに優れたテクノロジーでも、ひとめで障がい者用とわかるような見た目では、聴覚に障がいのある人と健聴者との間にあるギャップは埋まらないでしょう。聞こえる・聞こえないに関係なく、誰もが使いたくなるような、シンプルかつスタイリッシュなデザインにすることをめざしました」という本多さんの思いが込められていたのです。

※2 未踏プロジェクト…独立行政法人 情報処理推進機構が、ソフトウェア関連分野で優れた能力を持っている若い逸材の発掘・育成を目的に行っている事業。その中で、毎年度の事業終了時点で担当プロジェクトマネジャーが特に優秀であると評価した人物を選出し、審議委員会の審議を経て認定されるのが、「未踏スーパークリエータ」。
https://www.ipa.go.jp/jinzai/mitou/index.html

大学院を卒業した本多さんは、プロダクトデザイナーとしてメーカーに勤務しながら、個人的に「Ontenna」の開発を続けていました。彼の元には、展示会やメディアを通して「Ontenna」のことを知った聴覚に障がいのある人たちから数多くの問い合わせが寄せられました。その声の中に「1日でも早く製品化してほしい」というものが多く含まれていました。しかし、「聴覚に障がいのある人に、音を届けたい」という思いを持っているにもかかわらず本多さんの前には、資金面など個人活動ゆえの高いハードルが立ちはだかっていました。「一日でも早く……」そんな熱い思いを抱きながらも、本多さんは次の一歩を踏み出せずにいました。

転機は、富士通との出会い。TechShop Tokyoを拠点に、
Ontenna製品化の夢は急速に確実に現実味を帯びはじめる

悶々とした日々を送っていた本多さんに転機が訪れます。それは、富士通から入社の打診があったこと。富士通といえば、障がいのある人の雇用にも積極的で、発話者の発言を音声認識して即座に翻訳・テキスト変換することで、聴覚障がい者を支援するツール「LiveTalk」などの製品を生み出すといった、障がいのある人への理解が高い企業として知られています。また、社内には、イノベーションを起こしたい人のコミュニティ「Innov8ers(イノベーターズ)」も設けられています。
「ベンチャー企業の方がスピード感があるというのも確かですが、大企業からこうしたプロダクトを生み出すことに価値があるのでは」「大学や『未踏プロジェクト』の後輩たちにとってのロールモデルになれるのでは」と考えて、本多さんは2016年に富士通に入社。「Ontenna」の製品化に向けて、プロジェクトチームも組まれ、より本格的に開発が行われていきます。

本多さんの入社と時を同じくして、富士通が手がける会員制オープンアクセス型DIY工房「TechShop Tokyo」(※3)が東京・赤坂にオープンします。この施設は、約1,200㎡もの広大なペースに、3Dプリンターやレーザーカッター、木材や金属、樹脂用のマニシングセンタ(※4)、縫製のための各種ミシンなど、約50種類の本格的な工作機械をそろえ、それらを法人・個人・学生・会員の家族など、登録者であれば使用することができる、新しいモノづくりの場。ここが、「Ontenna」開発の新しい拠点となりました。現在、新しいプロトタイプの製作も「TechShop Tokyo」で行われています。

※3:TechShop Tokyoについて詳しくは下記URLをご覧ください。
  http://www.techshop.jp/
※4:マニシングセンタ…金属などの材料を削り、必要な形に仕上げるための機械。

 
最新鋭の工作機械が並んだ「TechShop Tokyo」
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本多さんは言います。
「『Ontenna』は、聴覚に障がいのある人と協働で作り上げているプロダクトです。彼らの意見をできる限り反映すること、すぐに手を動かして形にすること。この2つのことを開発当初から心がけてきました。これからはユーザーと技術者が一緒にものづくりを行う“インクルーシブデザイン(※5)”の時代。それには、ものを作りながら考えるという姿勢が必要なので、「TechShop Tokyo」のような環境が身近にあるのはありがたいです。ラピッドプロトタイピング(※6)ができる設備が整っているのはもちろん、イノベーションやテクノロジーに興味のある人たちが自然と集まってくるので、コミュニティーなども生まれやすいと感じています」
また、「Ontenna」プロジェクトチームは、本多さんを軸にして富士通のプロダクトデザイナーや富士通アドバンストエンジニアリング(FAE)のエンジニアたち、実際のユーザーとなる聴覚に障がいのある人たち、デザイナー、カメラマンなど、多様なメンバーで構成されています。そして、プロモーション用の映像やスチールは、社外のクリエイターたちによって製作されています。先日も「TechShop Tokyo」で開催された「Ontenna」の活用法について考えるワークショップに、年齢や職業を超えて集まった人たちが活発に意見交換を行ったそうです。
本多さん自身も、国内外の展示会やメディア、「TEDxHaneda」(※7)などのイベントへ積極的に出演し、「Ontenna」の魅力を発信。世界からの注目度も高まっています。

※5:インクルーシブデザイン…障がい者や高齢者など、従来はデザインプロセスから除外されてきた多様な人々を、上流から巻き込むデザイン手法。
※6:ラピッドプロトタイピング…製品開発などにより、試作品を短時間で製造すること。近年は、3Dプリンターなどで造形物を製造する方法が多くとられる。
※7:TEDxHaneda…学術・エンターテインメント・デザインなど幅広い分野の専門家による講演会を主催している米国の非営利団体TED(「技術」「エンターテインメント」「デザイン」を意味するTechnology Entertainment Designの略)の、“Ideas Worth Spreading”の精神のもと、世界中で開催されているカンファレンスイベントが「TEDx」。「TEDxHaneda」は2016年7月に羽田国際空港で行われた。

 
“Can You Hear Me?” 本多さんの「TEDxHaneda」でのプレゼンテーション(2016年7月2日)

東京でオリンピック・パラリンピックが開催される2020年には、Ontennaを
皆さんに届けたい。製品化の実現は、いよいよカウントダウンの段階に

「Ontenna」の開発は6年目に突入しました。これまでに本多さんが製作したプロトタイプは300個以上に及びます。そんな中、最新のタイプは、LEDが発光しないように設定できるモードや繁華なところで必要以上に振動しないようにできる騒音モードを備えています。
また、トライアルバージョンとして、スマホなどのモバイル機器とのBluetoothを活用した連動が検討されています。これが実現できれば、モバイル画面をタップすることで音のリズムを伝えたり、メトロノーム機能によりテンポを伝えたり、と音楽教育への応用が可能になります。

 
モバイル機器との連動も検討されている
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「2020年までにすべての聴覚に障がいのある人たちに『Ontenna』を普及させる、という目標を掲げて動いています。今はテストマーケティングの段階で、ろう学校やろう団体の他、今後は医療分野での活用も検討しています。また、高齢者や認知症の方の生活にも役立つのではないかと考えています」と本多さん。
海外の人からも“COOLだね!”“早く使いたい”といった反響がたくさん寄せられているという「Ontenna」。“イヤホンで音楽を聴きながらパソコン作業やランニングをしている時に、背後からの呼びかけや車の存在にいち早く気づくことができる”と健聴者からも“使いたい”という声が多く寄せられているようです。
現在、本多さんの元には、様々な分野の方から“「Ontenna」とコラボレーションしたい”というオファーが舞い込んでいるようです。「将来的には、音楽フェスやスポーツ観戦、映画鑑賞といったエンターテインメントの領域、そして、できれば医療の方面にも役立てられるように進んでいきたいと考えています」と本多さんは将来の展望を語ります。
「体が持つ機能の足りない部分を補うだけのデバイスではなく、体の機能を拡張してくれるようなデバイスをめざしたいですね。テクノロジーを進化させることで、障がいの定義が変わるのではないかと考えています。聴覚に障がいのある人に音を届けるのはもちろん、健聴者にも新しい感覚や感動を与えるように『Ontenna』を育てていきたいものです。 障がいの有無に関わらず、誰もが快適に、心豊かに暮らせる未来を創るために……」と本多さんは、締めくくられました。

 
「Ontenna」の未来について、いきいきと語ってくれた本多さん
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編集後記

聴覚に障がいのある人たちとの協働の中で、成長を遂げてきた「Ontenna」。そこには、本多さんの“使う人の立場に立ち、その声を聴き、一緒にモノをつくろう”という姿勢と“周りを巻き込んで進んでいこう”という情熱があったからこそ、だと感じました。障がいのあるなしにかかわらず、新しいコミュニケーションツールとして活用できる可能性を持った「Ontenna」は、近い将来、私たちの暮らしにイノベーションをもたらしてくれることでしょう。
「どんなに革新的なアイデアがあっても、ひとりじゃ何も動きません。一緒に考え、手を動かしてくれる仲間や支援してくれる人たちがいたからこそ、ここまで来れたと思っています。また、開発のパートナーでもある聴覚に障がいのある人たちの存在も非常に大きいです。健聴者にはない特別な感覚を持ったスペシャリストである彼らと一緒にものづくりを行うことで、新しいイノベーションが起こせると思っていますし、それによって僕らの暮らしも、より良いものになっていったら嬉しいです」
本多さんの夢が実現する日は、もう間もなくです。

本多達也氏 プロフィール
富士通株式会社 マーケティング戦略本部 ブランド・デザイン戦略統括部
エクスペリエンスデザイン部所属
1990年 香川県生まれ。大学時代は手話通訳のボランティアや手話サークルの立ち上げ、NPOの設立などを経験。人間の身体や感覚の拡張をテーマに、ろう者と協働して新しい音知覚装置の研究を行う。2014年度未踏スーパークリエータ。第21回AMD Award 新人賞。2016年度グッドデザイン賞特別賞。Forbes 30 Under 30 Asia 2017。2017 Design Intelligence Award Excellence Award。現在は、富士通株式会社にてOntennaの開発に取り組む。
「Ontenna」ホームページ:http://ontenna.jp/
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