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【バリアフリー・レポート】きーじーの防災レポート ―車いすから災害対策を考える―

皆さん、こんにちは。ドリームアーク編集部です。
地震をはじめとする災害が相次ぐ現在の日本で、それらに対し備えることは日常生活を送るうえでも必須のものとなっているといえるでしょう。今回は“車いすの旅人”きーじーこと木島英登さんが、神戸市にある「人と防災未来センター」を訪れ、車いすから考える“防災”についてレポートしてくれました。

木島英登さん  
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最初に、阪神・淡路大震災での、木島さんご自身の被災体験を語っていただきます。

1995年1月17日。神戸大学2年生の私は西宮市の山手にある古い一軒家で一人暮らしをしていた。深夜3時までNHKのBSチャンネルで、NFLアメリカンフットボール、プレーオフの試合を見ていた。5時46分、「ゴジラが家を踏んだ」と思って目が覚める。悪い夢でも見ているのか? それに何だか真っ暗だ。かすかにアルコールの匂いがする。部屋においてあったウィスキーの酒瓶が割れたようだった。夜景の見える窓からは火事の炎が差し込み、部屋を少し照らした。もしかして大地震? 幸いにも家は崩れていないようだ。ガスが漏れる臭いもしない。暗闇の中、ジタバタ動いても仕方ない。日が昇って明るくなるまで寝よう。次に起きたら、夢だったらと信じて。

体を縮めて布団にくるまっていたが、寒さで目が覚めてしまう。地震の揺れで窓が開いており隙間風が入っていた。もちろん暖房のガスストーブも停止。明るくなった部屋を見ると、いろんなものが崩れ落ちていた。いつもはベッドの横にある車いすは、部屋の隅に移動していた。ベッドから強引に床に滑り降りて車いすの場所まで移動し、車いすに這い上がった。車いすで部屋を移動しやすいように本棚や洋服ダンスなどを置いていないのが幸いした。崩れた家具で進路がふさがれることはなかった。

テレビ台に置いていた酒瓶が幾つか割れていたので、慎重にそれを拾い集めてから、居間へと移動する。台所のガスコンロには、昨晩作った野菜スープが置いてある。前日にスーパーで買い出しをしていたので、他にも多くの食糧がある。カセットコンロもある。数日は食べるものには困らない、飢えて死ぬことはないと、気楽な気持ちでいた。すると勝手口から声がした。隣の母屋に住む大家さんが様子を見に来てくれたのだ。大家さんは携帯ラジオを持っており、そこから情報を得ていた。私の家にもCDラジカセがあったが、電気が通っていないので聞くことができなかった。大家さんと一緒に玄関から外に出て、周囲の状況を確認する。道路に亀裂は走っているが、大きな被害はないようだ。隣の家の人とも会話を交わす。地震が本当に来たのだ。もう眠気は吹っ飛んでいた。

部屋に戻ると、一瞬だけ電気が戻り、灯りがついた。あわててテレビのリモコンを押すと、関西を巨大地震が襲ったと報道されてる。しかし、実際の現場がもっと悲惨であることは、メディアもまだ全然把握していなかった。そのことが未曾有の大災害であることを、より際立たせていた。想像以上のことが現実に起きている。

寒さのため、お腹が冷えたのであろう、トイレに駆け込むと、大きなうんちが出た。臭いものを流そうにも、水が出ない。すると頭の中で、トイレがうんちまみれになる最悪の事態が浮かんだ。食糧があっても、ここでは生活できない。実家のある大阪に戻ろうと決断した。荷物をまとめ、車を走らせると、数軒先の家が全壊していた。道路には毛布にくるまれた人々があふれ、コンビニや公衆電話に長い列ができていた。パニック状態の人や、身勝手な行動をとる人はおらず、人々が整然と行動していたことが印象に残っている。

崩れ落ちた家や建物で多くの道路がふさがれ、何度も引き返す。道路にも亀裂が入り、段差ができていた。橋が落ちていた。高架道路が崩壊していた。驚愕の風景に動揺はしなかった。不謹慎に聞こえるかもしれないが、むしろ非現実な景色を見るほど、より冷静で客観的に頭は冴えていった。高校3年生のとき、ラグビー部の練習中に選手達の下敷きとなり、下半身不随になった私には、それを超える人生の出来事はない。神戸と大阪を結ぶ道路は、国道2号線しか機能していなかったが、自動車で移動する人はまだわずかだったため、昼前には大阪の実家へ戻ることができた。もし脱出が午後ならば到着は深夜になっていたかもしれない。

神戸大学の知人で亡くなった人もいる。多くの同級生が被災した。情報弱者である留学生の一時避難のお手伝い、救援物資の配布など、車いすの私でもできることをボランティアした。その年の暮れ、鎮魂のため実施されたルミナリエ。人の少ない初年度、温かみのある淡い灯りは忘れることができない。以上が私の被災体験である。

どうも、きーじーです。上記のような体験を踏まえて、今回のレポートは、防災について考えます。神戸にある「阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター(以下、人と防災未来センター)」の見学と、障がいと防災の専門研究者へのインタビュー、そして、私自身が車いすから考えた防災について、この3つです。

(左)「人と防災未来センター」外観、(右)看板の前でポーズを取る木島さん
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「人と防災未来センター」があるのは、HAT(Happy Active Town)神戸。かつて製鉄所、製鋼所などが並ぶ重工業地帯でしたが、阪神・淡路大震災で被害を受け、空き地などになりました。その後、震災復興の起点、神戸の東部副都心として開発されている場所です。大阪から行くと、三宮の手前、ポートアイランドと六甲アイランドの間にあります。

アクセスは、阪神電鉄の岩屋駅または春日野道駅から徒歩10分。国道2号線と43号線を越えて海側です。隣に兵庫県立美術館があるので、それを目印にするのも良いでしょう。自動車の場合、一般の有料駐車場が西隣にあります。車いす利用者などの障害者駐車スペースが建物の海側に2カ所あるので、そこに停めると無料です。ゲートやコーンなどはなく、ひとりでも駐車ができます。施設の入館料は大人600円。障害者手帳のある人は半額、小・中学生は無料です。2017年からは、毎月17日の「減災活動の日」は入館料が無料となるそうです(※1)

※1:お知らせ 阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター「毎月17日の入館料無料化」について
  http://www.dri.ne.jp/17muryouka

西館1階から見上げる位置に津波の展示
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建物は東館と西館の2棟。入場券を買って西館に入ると、正面にドーンと目立つのが津波の記録です。3層吹き抜けの天井に届く高さに、縦長の物差しタイプの展示物があり、これまでの東海・東南海・南海地震により起こった津波の高さが示されています。数字だけ聞くのと、実際に下から見上げるのとでは、津波に対する危機感が変わります。6メートルでも、すごく高いと驚きますが、一番上は15メートルと下からは数字も見えなくなるような高さ。実際に来るなんて信じられない神話の世界。南海トラフ巨大地震では、最大25メートルの津波が予想されるとの報告もあります。もしもそんな津波が起きたら諦めるしかない……と言ったらダメですね。過去の歴史から最悪の事態は想定しておくべきなんです。本当に起きうることなんだと現実を直視して、できることを対策しなきゃいけませんね、はい。

ボランティアの方に案内していただき、館内をめぐります。西館ではまず4階の「震災追体験フロア」へ。この階にある「1.17シアター」で、阪神淡路大震災を、強烈な映像と音、そして照明によって体験します。五感で大地震の恐怖があおられるため、かなり怖いです。パニック映画の主人公になったような気分になります。ハンマーでいきなり殴られたような衝撃で、人によっては気分が悪くなるかもしれません。実際に被災された方がご覧になれば、恐ろしい記憶を呼び覚まされたりもするでしょう。気分が悪くなったら途中退出できるよう、外には救護室が用意され、上映中も係員が待機しています。

1.17シアター内観(※2)
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シアターを出ると、震災直後の街並みをジオラマ模型で再現したエリアを歩きます。映画やテレビで見るような、戦争があって爆撃されたかのような街並みですが、実際に95年の神戸で起きた風景です。進んでいく通路の幅は確保され、車いすでも通ることができます。被災地、紛争地では、道路はがれきであふれ、車いすで進むのは困難でしょう。床が綺麗なこと、それが展示と現実との違いです。リアリティを求めるとはいえ、さすがに通路までがれきで埋められてはいません。

被災した家屋などが再現された「震災直後の街並み」エリア(※2)
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4階には「大震災ホール」もあります。復興にいたるまでの街と人々の様子を、ドキュメンタリー風のドラマで鑑賞します。当時の映像が使われているので、リアリティがあり説得力があります。個人的にはこの映像がとても良かったです。22年が経過して自分の中で風化しつつあった記憶が戻り、震災があったときの風景が思い出され、感傷に浸ってしまいました。

こうした上映は、東館1階にある「こころのシアター」でも行われています。いずれも、車いすで鑑賞するエリアは最前列か、最後列になります。もちろん座席へ移動できる人は、クッションの良い椅子に座ってもOKです。
「こころのシアター」では、東日本大震災の3Dドキュメンタリー映画を、専用の眼鏡をかけて見ます。津波が残した爪痕を3年に渡って記録した映像です。私は、実際の現場をこの目で見たくて、震災から2カ月後、伊丹空港から、いわて花巻空港へ飛び、レンタカーを借りて3日間被災地を廻りました。そのときに感じたのは、地域の問題として過疎化でした。衰退して消滅しそうな町がたくさん被害にあっていました。震災前と同じ町に復旧しても、果たしてそこに人は住むのか? 町の復興が単純でないことが、映像に出てくる人々の表情にも現れていました。

(左)「大震災ホール」での上映の様子(※2)
(右)東日本大震災のドキュメンタリーを上映する「こころのシアター」
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※2:撮影禁止のため、これらの写真は公式サイトより引用しています。

西館4階から3階へ移動。ここは「震災の記憶フロア」です。展示室エリアで、「震災の記憶を残すコーナー」では、写真、モノ、体験者の証言など、震災に関する資料が収集保存されています。震災を語り継ぐ、被災者や関係者の証言ビデオやメッセージをたくさん見たり、聴いたりすることができます。また、専用Wi-Fiを接続することで、手持ちのスマートフォンやタブレットで、展示資料の詳細を見ることもできます。
当時、震災について様々なレポートが作られました。神戸の大学生だった私も被災者の調査をしたり、レポートを書いたりしたことを覚えています。阪神・淡路大震災で発生した問題と解決方法、今後しなければいけない防災や減災について、貴重な資料がたくさんありました。興味を引いて見入ってしまったのは、亡くなった方の死亡原因に地域差があること、損壊被害の程度が震源地からの距離から同心円ではないことです。全体としての被害は把握していましたが、漠然としたものだったと記憶します。震災後の調査で、よりはっきりと数字でわかるデータとなり、被害の原因や予測、予防策などが立てやすくなっていると感じました。

(左)「震災の記憶を残すコーナー」の展示の一部、(右)展示物の前のモニターで当時の資料が閲覧できる
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3階での展示のメインのひとつが、語り部の方々の体験談を聞くコーナーです。インタビューが収録されたビデオ映像もたくさんあります。被災した人それぞれに、それぞれの物語があります。修学旅行など大人数のときは、1階にあるガイダンスルームで震災体験を聞いたり、研究員によるセミナーも受けられます。

(右)震災からの復興をたどるコーナー。映像・ジオラマ・写真などで解説
(左)「震災を語り継ぐコーナー」ビデオで震災体験を上映するほか、語り部が自らの体験を語る
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展示は、ボランティアさんが密着マンマークで丁寧に案内してくれました。何か質問があれば、それに対してすぐに応えてくれます。館内にボランティアさんは常に数名いらっしゃいます。個人で訪問しても、団体で訪問しても、希望すれば館内を案内していただけます。気軽に質問をすることもできます。英語を話す人もいて、外国人の訪問者に説明をしていました。ボランティアの皆さんは阪神・淡路大震災を経験した人で、約150人いるそうです。二交代制での勤務で、週に1~2回、来られるそうです。生の声は貴重ですし、地域の人材活用にもなる、とても良い制度ですね。

にこやかに案内してくださったボランティアさん(写真右側)
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2階は「防災・減災体験フロア」です。「災害情報ステーション」では、地震だけでなく、世界で起こっている自然災害について学習できます。

自然災害の資料が並ぶ「災害情報ステーション」
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中には、津波による浸水被害のハザードマップもあります。モニターを操作して見れるので、大阪府を確認してみます。画面をタッチして表示。大阪の沿岸部は、かなりの被害が予想されていました。でも新しい埋め立て地は高く作ってあるのか白い部分が多いのに驚きました。ユニバーサル・スタジオ・ジャパンのある部分も白いです。盛り土して作られているのでしょうか? 単純に海に近いからといって浸水するわけではないようです。
同じ地域でも浸水予測に変化があります。自分の住んでいる地域、学校、職場など、生活圏のハザードマップは把握しておくと、もしもの時に減災につながるでしょう。たとえば「災害対策~全国避難所ナビ~」などといった無料のスマートフォン用アプリを使って確認するのも方法です。関西圏では、堺市の地域限定ですが、津波からの避難場所や経路を知ることができるアプリ(※3)もありますし、国土地理院の2016年度「防災アプリ大賞」を受賞した「ハザードチェッカー」(※4)のように、住所や目印になる建物の名前を入力することで、南海トラフ巨大地震で想定される津波高をはじめ、近くの避難所など様々な情報を得ることができるものもあります。

※3:「AR津波ハザードマップ(防災情報提供ARアプリ)」(iPhone対応)
  https://itunes.apple.com/jp/app/ar-jin-bohazadomappu-fang/id816084878?mt=8
※4:現在地危険性確認システム「ハザードチェッカー」(iOS、Androidで提供)
  https://upper-bosai-apli-hyogo.ssl-lolipop.jp/confirm/lonlat.html

(左)モニターで大阪府を選択
(右)地図上の赤い部分は津波による浸水が2.0メートル以上~2.5メートル未満になると予測されている
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2階には、災害について学べるいろいろな学習ツールがあります。下の写真(左)は震度に応じて揺れがどう変わるか、押し相撲みたいに人形が動きます。他にはクイズ、パズル、ゲームなど、子どもが遊びながら学べるものが多く、実験などを通して、防災・減災に対する実践的な知識を学ぶワークショップなども開催されているそうなので、家族連れで来ても楽しめます。

(左)子どもが遊びながら「震度とマグニチュード」について学べる展示、(右)備蓄用品の展示コーナー
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最後は、企画展示のエリアです。私が訪問したときのテーマは「トイレ」でした。車いす利用者にとって、外出時の一番の悩みはトイレでしょう。災害時の避難においても最も気になることです。避難した先に洋式トイレがない。車いすで入れない使えなければ、汚物まみれになってしまう。避難したくてもトイレが使えなければ、逃げることもできないとなると大問題です。

(左)防災に関する様々な展示企画を行う「防災未来ギャラリー」
(右)このときの展示は「非常時のトイレの備え方」
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私自身は避難所生活をしたことはありませんが、テント内に臨時で作られる簡易トイレは、オリエンテーリングの世界大会に出たときに使ったことがあります。インドなど開発途上国を旅行したとき、洋式便座がなく、そもそも公衆トイレもないため、路上の縁石やベンチなどを利用して用を足したことが何度もあります。でも避難所で考えてみると、大勢の人が出入りするところで、野うんちはできませんね。やはり、車いすで使えるトイレがきっちりとなければ避難所では生活できません。
被災時に使える様々なトイレが展示されていましたが、中でも段ボールトイレに一番興味を持ちました。下半身麻痺の私には和式トイレは使えず、洋式トイレしか使えないので、座ることのできるトイレが確保されているかは死活問題です。段ボールだとスペースも取らず備蓄もしやすい。道具も必要なく簡単に組み立てられる。最後は土にも返るエコな素材でもある。とても良いアイデアだと思います。体重をかけると不安定になって、落ち着かないかもしれませんけど。

(左)簡易トイレの目隠し用のテント、 (右)段ボールで組み立てられた簡易トイレ
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ボランティアさんの説明でも、避難所で最も大きな問題は、トイレだったとおっしゃってました。簡易トイレには下水道は完備されませんから、汚物がどんどん溢れてくる。使い方のマナーが悪い人もいる。トイレの汲み取りを誰がするのか、掃除はどうするのか、かなり問題になるようです。よって「トイレ奉行の心得」(下写真)が掲示されていました。過去の経験を生かした格言。避難所を運営するうえで大切なことです。必要となる備え(ハード)だけでなく、使用ルール作りとその実施(ソフト)により、衛生的な空間を作り維持することが求められます。感染症予防にもなります。

展示内に貼り出されたポスター
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シアター鑑賞も入れて、2時間弱の見学。ボランティアさんの案内で、より実りあるものとなりました。案内ありがとうございました!

続いて、このセンターの研究員の方へのインタビューです。障がい者や高齢者などを含む、いわゆる「災害時要配慮者」と防災・防犯についての専門家である、松川杏寧(まつかわ あんな)先生にお時間をとっていただきました。

「人と防災未来センター」で研究に励まれている松川先生
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木島:「人と防災未来センター」は、どんなところか教えてください。
松川:「人と防災未来センター」は、兵庫県と内閣府とが半々のお金を出して作られた施設です。「展示」と「資料収集と保存」に加え、「実践的な防災研究と若手専門家の育成」という研究施設としての役割があります。その研究員が「災害対応の現地調査・支援」のため災害の起こった現場に駆け付けたり、「災害対策職員の育成」として行政への各種セミナーを開催するなどしています。また「交流ネットワーク」として、国内外の様々な連携の場になっています。
研究員は全部で9名います。その半数が大学院の修士・博士課程を修了した若手研究家で、3年から5年の任期で研究員として働いています。私もそのひとりです。アメリカの大学で犯罪学を専攻して、防犯を学びました。日本に帰ってから同志社大学の大学院に入り、コミュニティベースでの防犯をテーマにしました。地域での防犯と防災は、根本的に同じです。地域をいかに活性化するか。より安全安心に、子育てがしやすい、高齢者に優しい環境にするということも含まれます。専門分野は「要配慮者の災害」と「被災地での防犯」です。

熱心に質問に答えてくださる松川先生
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木島:阪神・淡路大震災、東日本大震災を経て、世間の防災に対する意識・姿勢は変わりましたか?
松川:行政が、防災について地域にどう意識付けをするべきか、より考えるようになりました。地域の方からも、行政に積極的に働きかけて防災訓練をするとか、備蓄など防災設備の要求を行うなど、変化しています。防災訓練や勉強会でも、その地域でどう備えたら良いのか、何ができるのか、具体的に考えるようになり、内容が深まっています。阪神・淡路大震災の後、国として制度が改革され、災害対策はより手厚くなりました。ここにいる上級研究員のほとんどが、阪神・淡路大震災をきっかけに研究者になった人ばかりです。
東日本大震災で新たに出た課題としては、「みなし仮設」と「障がい者(要配慮者)」が上げられます。要配慮者が注目されるようになったのは、2004年の新潟豪雨災害のときです。豪雨で堤防が決壊し、集落から避難が迫られましたが、人的被害の多くは高齢者に集中してしまいました。翌年、「災害時要援護者(※5)の避難支援ガイドライン」が内閣府から出て、そうした課題への取り組みが始まりました。

※5:現在は、「災害時要配慮者」に呼称変更。

木島:現在、災害対策について、具体的にはどのような取り組みが行われているのでしょうか?
松川:各地域で防災パンフレットを作るなどして、市民啓発に力が入っています。たとえば、東京都は『東京防災』という防災ブック(※6)を作成して都民に配布しています。日本語が苦手な人のために、英語版、中国語版、韓国語版も作成されています。地区の防災マニュアルも整備され、避難所の運営の仕方などが記載されています。津波の浸水マップ、避難所が記載されたマップなどを作って、地域の現状を把握することも盛んです。
木島:災害時には身体の状況より、情報が一番のバリアになるかもしれません。情報を知っているか、知らないかで被害や、避難に差がでると思います。そう考えると、日本語ができない外国人はとても困るので、他言語での情報発信はとても良いことですね。情報弱者にこそ、こういった防災ブックは必要だと思います。自ら積極的に情報収集しない人、関心のない人にも、いかに防災情報を届けるかが鍵ですね。

※6:『東京防災』ホームページ
  http://www.bousai.metro.tokyo.jp/1002147/

木島:「災害時要配慮者」とは、どのような方々ですか?
松川:必要なときに必要な支援が得られれば、自立して生活できる人です。高齢者や、障害者手帳の保持者だけでなく、乳幼児や妊婦、外国人など、どんな人でも環境によって対象になり得る可能性があります。どれぐらいの支援がいるのか、大変さというのは、その人の個人の中ではなくて、その人と外部の人との関係性において決まると定義しています。たとえば、自身の障がいを周りに口外できない(したくない)場合は、避難行動をとって同じ避難所に行くことすらできませんから。
要援護者から、要配慮者に呼び名が変わったのは、2013年の6月に改正された「災害対策基本法」によるものです。合理的配慮という文言がキーワードなので、配慮という言葉を使おうということになりました。

木島:「災害時要配慮者」の所在、人数などの把握や確認はどのようにしているのですか?
松川:一般的には、障害者手帳の保持者、介護を受けている人になります。手助けが必要な人は教えてくださいと、自ら手を上げてもらって把握する場合もあります。地域包括支援センターや保健師、民生委員などが高齢者の見守りを行っている中で、手助けが必要そうな人をピックアップすることもあります。ただ、彼らだけで、地域の要配慮者全員の避難に対して手助けをするわけではありません。災害時には周りの人も同時に被災して、必ず助けるという保証ができないからです。行政は要配慮者の名簿を作ったりしていますが、名簿の活用は難しいのが現状です。個人情報の取り扱いがあるので、具体的に何ができるのかは、これからまだ議論する必要があります。

木島:つい先日、私の住む行政から「災害時要配慮者」の登録について調査表が送られてきましたが、家族と一緒に住んでいますし、親や友達もいるので、「登録は希望しない」と返事をしました。私のように「自分のことは自分でやります」という人間は、要配慮者ではなくなるのですね。障がい者=要配慮者、ではない。いわゆる医学モデル(身体の状況)ではなく、社会モデルでの定義ですね。
とはいえ、障がいのある人など、避難所へ行くのも困難な場合があると思いますが、実情はいかがでしょう。避難所について教えてください。
松川:指定避難所は、小・中学校であることが多いのですが、自宅から遠い場合や、川を越えて行かなければならないとか地域の事情があれば、近場にある自治会館などを最初の避難所にするなどの場合もあります。しかし、障がいのある人もない人も、まずは全員が指定避難所に避難するのが原則です。設備がない、介護の必要があるなど、そこで生活をしていくのが難しい場合は、福祉避難所へ移動することになります。
しかし、全員が指定避難所に来てもらうことが難しいのも現状です。実際には、統合失調症、自閉症、知的障がいのあるお子さんを持つ親は、人が多い避難所にそもそも連れていけないという問題があります。熊本地震では、そうした人たちが崩れそうな家に留まったり、自動車の中で寝泊まりしたケースも多かったという調査があります。避難所に行くのが難しいのであれば、事前に個別支援計画を立てることにより、最初から福祉避難所に行くと決めることもできます。兵庫県でも一斉非難訓練を、障がいのある人は指定避難所に避難した後に、福祉避難所へ行くという想定で行ったのですが、「子どもを参加させたかったが連れてこられなかった」というお母さんの意見が、その後の座談会で出ていました。

木島:原則とのことですが、避難所には必ず行かなければいけないのですか?
松川:行かないという選択肢もあります。しかし、時と場合によります。地震に遭っても家が大丈夫なら、そこにいてOKです。ただ、ライフラインが遮断されると、誰かに水を運んできてもらわなければいけませんので、支援を頼む必要が出てきます。津波の場合は、命に関わるので、沿岸部にお住まいの人は避難しないと助かりません。地震で家が住めなくなった場合は、どこかに身を寄せないといけません。身を寄せる場所に不満がある人は、障がいのあるなしを問わず、いらっしゃいます。
木島:車いす生活をする当事者は、避難所での生活は実際には無理だろうと考えている人が多いと推測します。床で寝ることが難しい、車いすトイレがない、下の世話をしないといけない、段差があって入れないなど、不便や不可能があって避難所には行きたくない人も多いかもしれません。誰もが安心して避難所にいけるように普段から、避難所はどんなところか把握して、問題点があれば要望を挙げられるシステムがあるといいですね。

木島:災害時要配慮者に、防災のため、または被災の際に、何が必要かご意見をお聞かせください。
松川:行政や消防による支援は「公助」と言われますが、被災者が避難する発災後数時間は、あまり公助に頼れません。それまでは要配慮者とはいえ、「自助」「共助」に頼ることになります。要介護の老人ホームなどの施設が緊急時に受け入れ先になるところもありますが、いかに一般の避難所を多くの人が使えるように福祉対応にするか、ハード(設備)、ソフト(心理)両面で求められています。
防災は、自助7割、共助2割、公助1割、と言われます。この割合からもわかるように自助を高める、自分の命は自分で守る、などといったことが大切です。災害時要配慮の人でも、災害時、自分にどういった支援が必要なのか? を把握することは大切です。何を支援して欲しいのかを相手に伝える、手助けの求め方を身に着けておくのが理想です。災害に遭ったときには、家族など、いつも介助してくれる人がそばにいてくれるとは限りません。ハードルは高いかもしれませんが、避難訓練などに参加して、その参加者に手助けを頼んでみるなど、もしものときに見ず知らずの人に支援してもらう練習をするのも方法です。周りの人も手助けの方法を学ぶことができますし、本人にも有益です。
仙台で開催された「障害者のインクルーシブ防災」フォーラムの報告によると、障がいのある人で、東日本大震災の被害が軽かった人の困りごとは、健常者の人が困っていることと同じでした。おもにライフラインです。しかし、被害が大きかった人は、別の問題を抱えていました。それは、差別や偏見にさらされるという問題です。「みなし仮設」は、東日本大震災で新しく注目された仮住まい方法ですが、手探りで進められた制度のため、様々な問題が起こりました。自分達で物件を探して入居してくれ、その費用は行政が負担します、というもので、既存の空き物件の有効活用ですが、障がい者だから貸したくない、という不動産屋さんがたくさんいました。良い物件には住むことができなかった。この差別をどう解消するのか? 法律として障害者差別解消法が施行されたので、今後はそれが有効ですが、地域と当事者がコミュニケーションを取れることも大切です。フォーラムでは、当事者のエンパワーメントが必要と報告されました。個人が自分自身の力で、問題や課題を解決していくことができる社会的技術や能力を獲得することです。そのためには、当事者に災害におけるリスクを正しく伝え、どれだけ危ない地域・状況にあるのかを認識してもらうこと、障がいのある人もない人も枠を超えてつながりあうことで、どういったメリットがあるのかを、わかりやすく伝えることが必要でしょう。その方法として、そういったメリットや経験を当事者間で話す場を設ける、行政や団体などが音頭を取って、障がいの有無や種類を問わず様々な人が触れ合える場を積極的に増やす、などがあると思います。

防災は日ごろからの意識こそが大切、と松川先生
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木島:松川先生はアメリカにいらしたそうですが、アメリカでの事例もご存知なら教えてください。
松川:自分のことは自分で守る意識が強い国なので、日本のように行政が災害に対しての避難計画などを考えることは少ないです。アメリカで災害として重要視されているのは、ハリケーン(台風)と竜巻です。竜巻に関しては、建物の地下に避難するためのシェルターが作られたりしています。地震や津波に関することはあまり聞いたことがありません。
木島:私も1年間、松川さんと同じカリフォルニア州の大学にいたことがあります。地震もある地域ですが、実際に災害が起きたときに、どこに避難したらいいのか考えたこともありません。そもそも私は周辺の小中学校の場所を知りませんでした。車社会なので歩かない街並み。逃げて集まるとしたら、近くの公園やショッピングモールの駐車場とかになったでしょう。そう考えると、日本は災害に対しての政策や地域の取り組みは、世界でも先進的なのかもしれませんね。

木島:災害の被害を軽減するために、どんなことに日ごろから取り組めば良いでしょうか?
松川:調査によれば、人が、自分がさらされているリスクに関して、どれだけ危機管理ができるかというと、ちゃんとリスクの分だけ備えているのは、災害を経験したことがある人だけでした。全く災害の経験がない人は、ある一定のリスクを示されると、備えるよりも諦めてしまう傾向があることがわかりました。だからといって全員に災害の経験は強要できませんし、経験しない方が良いことです。
では、そういった災害経験のない人は、どうすれば備えられるようになるのでしょうか。リスクに見合った備えをするのか、諦めてしまうのかは、「防災リテラシー」とも比例することがわかっています。「防災リテラシー」とは、個々人の防災に関する意識の高さを示すものです。まず、自分が持っている災害におけるリスクを正しく認識すること。次に、そのリスクに対して備えをすること。最後に、いざというときに行動できるようにしておくこと。この3つです。
ハザードマップは見ていますか? 被災したときはどうするのか考えてますか? 避難場所は知っていますか? 家族と離れたときはどうするか話し合っていますか? 普段から実践していないことは災害時にはできません。普段から部屋を片付けていますか? 貴重品がどこにあるのか管理していますか?  障がいのあるなし、要配慮者であるかどうかに関係なく、常日ごろから災害に対して意識を持つことが大切です。

■最後に ―防災について、きーじーが考えたこと―

「人と防災未来センター」を取材し、松川先生のお話を伺って、私が防災について考えたこと、普段から気をつけたいことを、最後に書かせていただきます。

【住居の防災について】
正直に言うと、防災面だけでなく、坂の多いところ、雨の多いところ、雪の多いところなど、車いすで生活するには不向きな場所には住みたくないのが本音です。車が運転できない人は、バリアフリーな公共の交通機関がないところで住むのは不便でしょう。だからといって誰もが簡単に、良い住環境の場所へと引っ越しができるわけではありません。家族がいる、先祖代々住んでいる、仕事があるなど、いろんな事情があって、災害リスクが高い場所であっても、そこに住まざるをえない人もいるでしょう。しかし、家を買うとき借りるとき、災害リスクを考えることで、不幸の発生を減少することができます。
阪神・淡路大震災の際、個人的には、墓地に被害が多いのが印象的でした。川沿いで地盤が緩いなど、昔から住居に適した場所でないところを有効利用しているのかもしれません。地名から過去に災害があったことが推測できる場合もあります。
物件選びについて、マンションの場合、1階に駐車場があって、壁が少なく柱だけで支えられ、骸骨みたいな筒抜けのスケルトン構造は危険なので避けます。そんな建物が多く崩れたからです。点でなく面で支えられた構造物が地震には強いのは皆さんご存知の通りです。そもそも家が崩れなければ、避難する必要はありません。
マンションの上層階などに住んだときに一番困るのは、停電によりエレベーターが止まることです。車いすでは移動できないので、じっと家に籠るしかありません。泥棒のリスクが高い、夏場は暑い、景色がイマイチなどマイナス面もありますが、私は1階に住んでいます。
一軒家に住むのなら、平屋が良いです。自分だけ2階にいけないのは不便です。ホームエレベーターも運用コストがかかりますし、災害時には利用できません。都市で平屋の一軒家に住むことは非現実なので、マンションというわけです。都心では、1階は店舗で住居スペースがないことも多く、都合のいい物件は限られるかもしれませんが、同居人がおらず一人暮らしをするなら、やはり災害リスクを考慮して、苦労してでも1階の部屋を探したいところです。

【日ごろの危機管理について】
これについて、私は世界旅行から学んだことが沢山あります。日本の常識が通じない、想定外の出来事が起きるのが異国での個人旅行です。電車の到着が大幅に遅れた、ストライキで公共交通機関がストップ、乗客が集まらないから欠航になった、台風で飛行機が飛ばない、予約していたはずなのにホテルに部屋が取れていない、車いすで行けると思ったら段差だらけで進めなかった、トイレが無かった、強盗に襲われた、レストランが無い、高額請求されたなどなど、トラブルは無数にあります。常にプランBを用意する、もしものときを考えておくのが私の対処方法です。何をするにも、手段がひとつしかないというのはとても危険です。
災害においても、松川先生がおっしゃっていたように日ごろから意識してハザードマップや家の周囲の情報、家族との連絡方法などを確認し、この方法がダメでも別の手がある、いつもの道が通れなくても別のルートで避難できるなど、複数のプランを練っておく必要があるかと思います。

パプアニューギニアの旅では、大雨で橋が流され、バスの乗客は全員野宿。
親切な住民がジャングルの家に泊めてくれた。
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現代はデジタル社会ですから、電話番号、メールアドレス、SNSに関することなどはもちろん、仕事に関するデータなど、パソコンや携帯電話に収められた大事な情報は、常にバックアップを取るだけでなく、クラウド上に保存するのも危機管理になると思います。個人情報の流出には十分な注意が必要ですが。
地震で家が崩れたり、それがもとで火事が起きたり、水害で浸水したりしてパソコンなどが使えなくなる可能性に備えるのは、今の日本では大事なことだと思います。私の場合は、自分だけの秘密のホームページも作成しており、友人や仕事の連絡先を記載した住所録になっています。

【ICT技術の活用について】
現代はICT社会ですから、情報通信技術の活用を、「事前の備え」「災害時の情報収集と伝達」といった面から考えてみます。
「事前の備え」については、自らの生活圏内の災害発生リスクを知っておくことが、松川さんのお話にもあった「防災リテラシー」を高めることになります。本文中で触れたアプリのほか、インターネット上で簡単に調べることができるサイトに、国土交通省の「ハザードマップポータル」があります。クリックすると地図上で洪水、津波、土砂災害の想定箇所、危険警戒箇所などが確認できるようになっている優れモノ。道路の冠水想定箇所や、緊急輸送道路なども表示されるため、災害時の自動車での避難経路もイメージすることができます。さらに、明治期の低湿地、大規模盛土造成地、都市圏活断層図もあり、住宅購入の際に参考になりそうなデータもあります。各市町村で作成された防災マップも検索でき、そちらも非常に便利です。下記のURLからアクセスして、自分の住んでいるところがどうなっているのか、確認されてはいかがでしょう。

災害へ備えよう!ハザードマップポータル
国土交通省ハザードマップポータルサイト:http://disaportal.gsi.go.jp/

「災害時の情報収集と伝達」については、まずは災害発生時の警告の受信。スマートフォンなどが緊急地震速報を受信したり、テレビ・ラジオで緊急放送が流れたり、要配慮者への支援(たとえば視覚障がいのある人への読み上げソフトによる知らせ)など、様々な取り組みが行われています。
最も重要なのは、状況把握でしょうが、得てして大規模災害の場合は、停電や通信網の切断などで、被災地の人ほど難しくなります。自分でできることは、安否情報の発信です。企業に勤める人などは、会社からの安否確認メールシステムがあるでしょう。個人の場合は、SNSが普及したので、フェイスブックやツイッターなどに実名のアカウントを持っているなら、そこに安否情報を乗せることができますし、アカウントがない場合は、仮アカウントを作成して家族や友人知人のアカウントに書きこむことも可能です(ただしプライバシーのダダ漏れにはご注意を)。
音声通話は回線が混雑して使えなくなることがありますが、メールはアクセスしやすく届きやすいです。メールだけの使用なら、電池の消耗も比較的少ないですから、充電できない状況でも有効です。
また、電話での連絡が取りにくい場合や、SNSを使っていない場合も、下記のような災害用伝言サービスが利用できます。詳しくは、各URLをご覧ください。

[NTT西日本 災害用伝言ダイヤル(171)](電話サービス)
被災地内の電話番号および携帯電話等の番号をキーとして、安否などの情報を音声情報として蓄積し、録音・再生できるボイスメール。
https://www.ntt-west.co.jp/dengon/

[NTT西日本 災害用伝言板(web171)]
被災地域(避難所など含む)の居住者がインターネットを経由して伝言板サイトにアクセスし、電話番号をキーとして伝言情報(文字)の登録が可能なサービス。
https://www.ntt-west.co.jp/dengon/web171/

[NTTドコモ「災害時の安否情報と備え」]
災害時伝言板、災害用音声お届けサービス、およびそれらと緊急速報「エリアメール」を使用するためのアプリ「災害用キット」(ダウンロード可能)などが掲載されたページ。
https://www.nttdocomo.co.jp/info/disaster/

避難状況の把握。救援物資の要請や分配などの確認には、ICT技術は非常に有効でしょう。個人が世界に情報発信できる時代、前述のSNSや個人サイトなどで、現地の情報を即時に発信すれば、誰もがその状況を知ることができます(ただし嘘やデマには注意と管理が必要です)。電源とネット通信網の確保が問題点となりますが、太陽光で充電できる装置を置くなど災害時にも電気を使える手段、公共施設でのフリーWi-Fiの整備などが必要と考えます。

【避難所・自助・共助について】
松川先生のお話に「指定避難所は、小・中学校が多い」とありましたが、それらの避難所は、ほとんどの場合、選挙の投票場と同じです。ならば選挙に行ったときに、自宅からのアクセスはもちろん、体育館や校舎へ段差なく入れるのか、車いすで使えるトイレがあるかなど、災害時の避難先だと意識してチェックするのが良いでしょう。もし設備面での不備があれば、行政に要望を伝えましょう。選挙の投票率の低さが社会問題ですが、選挙のときに、避難所チェックや、ハザードマップの配布、消費期限が切れる寸前の保存食の試食などイベントがあれば、投票率も上がるし、防災意識も高まる。一石二鳥だと思うんですが、どうでしょうか? 面白いアイデアだと思いませんか?
そもそも避難所である小・中学校に障がいのある生徒や、車いすを利用する生徒が日常的にいれば、車いすトイレや、体育館や校舎へのスロープなど、学校の設備(ハード)は整います。知的障がいのある子供が一緒の教室で学び、日常的に慣れていれば、その人たちのことを理解できていたり、配慮を利かせる雰囲気(ソフト)ができるでしょう。障がいのある子ども、いろんな子どもが同じ学校で学ぶ統合教育の土壌があれば、災害時に避難したくてもできない人がいるという不幸を防げるかもしれません。
「助けられ上手のすすめ」という言葉があります。自分ひとりではできなくても、人に手伝ってもらってできるなら、結果として同じことですよね。困ったときに見ず知らずの人に手助けを求められるかは、エンパワーメント、個人の能力です。助けられ上手になる秘訣は、助ける経験を沢山することだと考えています。
日本の福祉やボランティアの問題は、「する側」と「される側」に分かれていて、一方通行であることです。障がいのある人も、高齢者も、誰もが何かしらできることがあるはず。車いすの私でいえば、誰かの話し相手になれます。外国人に道を教えることができます。パソコンを教えることができます。「する側」と「される側」を経験すれば、双方の気持ちがわかり、よりスムーズで自然な関係が築けるでしょう。

旅先での「助けられ上手のすすめ」。イラン、ペルセポリス遺跡。
階段があったが、親切な家族にお願いして、担いでもらった。
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長い時間この記事を読んでくださり、ありがとうございました。災害は起きないのが一番ですが、起きたときにはいかに被害を最小限にできるのか、減災について考え、備えておくことの重要性を改めて感じました。皆さんの防災意識が高まれば幸いです。

レポーター プロフィール

木島英登(きじま ひでとう)
車いすの旅人。世界100カ国以上を単独訪問。1973年大阪生まれ。高校3年生のとき、ラグビー部の練習中に下敷きとなり、第11胸椎を脱臼圧迫骨折。脊髄を損傷。以来、車イスの生活に。広告会社勤務を経て、バリアフリー研究所を設立。講演・執筆・コンサルなどを行う。著書に『空飛ぶ車イス』(IMS出版)『恋する車イス』(徳間書店)『車いすの旅人が行く!』(講談社)などがある。訪日外国人へのバリアフリー情報を提供するNPO法人も運営。
個人ホームページ:http://www.kijikiji.com
NPO法人 Japan Accessible Tourism Center ホームページ:
http://www.japan-accessible.com

施設データ

「阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター」

阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター 写真
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所在地:〒651-0073 神戸市中央区脇浜海岸通1-5-2
開館時間:9:30~17:30(入館は16:30まで)
     ただし、7~9月は9:30~18:00(入館は17:00まで)
     金・土曜日は9:30~19:00(入館は18:00まで)
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は翌平日)
    年末年始の12月31日と1月1日
    ※ゴールデンウイーク期間中(4月28日から5月5日まで)は無休
入館料:個人 大人600円 、大学生450円、高校生300円、小・中学生無料
    団体(20名以上) 大人480円、大学生360円、高校生240円、小・中学生無料
    ※障がい者 個人の場合、上記個人料金の半額。団体の場合、大人120円、
     大学生90円、高校生60円
    ※高齢者(65歳以上)上記の半額
URL:http://www.dri.ne.jp/
観覧についてのお問い合わせ先:TEL 078-262-5050

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