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【ICTレポート】第6回:京都工芸繊維大学・桑原教彰准教授ルポルタージュ

「記憶」とは「人生そのもの」という理念のもと、ICTを駆使して高齢者など記憶障害がある人の「失われた記憶」の再構築にチャレンジし、パーソン・センタード・ケアの充実を図るという取り組みが行われています。

桑原教彰准教授
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映画『エイリアン』『ブラック・レイン』の監督として知られるリドリー・スコットが1982年に撮ったSF映画『ブレードランナー』。映画化するのは困難だと言われていたフィリップ・K・ディックのSF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を映画化し、絶賛を浴びた傑作です。人間に反逆するアンドロイドたちとそれを駆逐するエージェントの熾烈な抗争を描いた作品ですが、そこに登場するアンドロイドたちは、自らの記憶を求めて、あるはずのない幼いころの写真を合成して大切な宝物として身につけていました。アンドロイドは言うに及ばず、人間にとって「記憶」は、その人のアイデンティティーを保つための大切な財産であるということが表現されている作品でもあったのです。

いわゆる「記憶障害」というものがあります。これは、記憶を思い出すことができない、また、新たなことを覚えることができないなどという、記憶に関する障がいの総称です。脳の損傷による高次脳機能障害やうつ病・統合失調症、その他心因性の精神障がいなどによるものが知られていますが、現在、社会問題化している認知症もひとつの「記憶障害」とされています。認知症は、高齢社会の進展とともに増加傾向にあり、約2,874万人いる65歳以上の人で認知症有病者は、約439万人、正常と認知症の中間の人は約380万人とされています。今や7人に1人が認知症に苦しんでいることになります(厚生労働省「認知症高齢者の現状(平成22年)」より)。「記憶」とは、その人が歩んできた「人生」そのものです。それを失うということは将来を失うことにほかありません。その苦しみが社会に広がっているのです。

そこで、今注目されているのが「パーソン・センタード・ケア」という概念。認知症の人をひとりの“人”として尊重し、その人の視点や立場に立って、理解してケアを行おうとするもので、英国のトム・キットウッドが提唱しました。この概念では、清潔や安全といった環境面や単純な作業・業務だけのケアではなく、認知症の人がどう感じているかを介護する周囲の人たちが理解し、本人を支えようとする気持ちを持つために本人の「個性」と向き合う、「ひとりの人として無条件に尊重されることを中心としたケア」を大切にしています。

そんな中、ICTを使って、失われた「記憶」の再構築にチャレンジし、パーソン・センタード・ケアに役立てようと活動している人がいます。それが、京都工芸繊維大学 大学院工芸科学研究科 先端ファイブロ科学部門の桑原教彰准教授。「思い出を紡ぐプロジェクト」を立ち上げ、施設に入居されている認知症の人や高齢者の思い出の写真や映像をデジタルフォトアルバムやスライドショー、ビデオなどの各種メディアに変換して本人や家族、施設スタッフとともに鑑賞し、コミュニケーションの活性化を図り、介護の質を高める活動を進めています。今回は、桑原准教授と、ともにプロジェクトを実際に推進しているグループホーム「てらど」の土井輝子ホーム長にお話を伺いました。

笑顔が印象的な京都工芸繊維大学の桑原教彰准教授 ブレないグループホーム「てらど」の土井輝子ホーム長
(左)笑顔が印象的な京都工芸繊維大学の桑原教彰准教授
(右)ブレないグループホーム「てらど」の土井輝子ホーム長
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本当に社会に役立つことをするために
研究所から大学へと拠点を移す

こわばった表情でモニター画面を見つめる初老の男性がプロジェクターで映し出されています。彼は仕事中の事故により、脳に損傷を受けました。以来、妻に対して頻繁に攻撃的な言動をとるようになってしまいました。いわゆる高次脳機能障害に陥ってしまったのです。困り果てた妻は、認知症や記憶障害の支援の研究をする、千葉労災病院の医師の安田清先生に相談しました。彼の提案で、夫の若いころの写真を編集して見てもらうことになりました。その一部始終を記録したのがこの映像。ボランティアの女性がナレーションを務め、ナビゲートしていきます。「○○さんのお若いころですね…」。とたんに男性が少し笑いました。時間が経つうちにどんどん笑顔が増えていきます。これには、妻も大いに驚いたそうです。以来、夫の情緒を安定させるために、15分ほどの思い出ビデオの映像を繰り返し再生して見せていたそうです。

自分の若いころの写真を見る高次脳機能障害の男性 モニター画面に映し出された男性の思い出の写真
(左)自分の若いころの写真を見る高次脳機能障害の男性
(右)モニター画面に映し出された男性の思い出の写真

注:上記の写真は、患者のプライバシーに配慮し、画像を不鮮明にしております。

「この映像を当時の共同研究者である千葉労災病院・物忘れ外来の安田先生に見せていただいて、“記憶”というものの大切さを知りました。ICTによる“記憶”の再構築を認知症介護に役立てることはできないか、と思ったのが、『思い出を紡ぐプロジェクト』をはじめるきっかけでした」と桑原准教授。当時、関西文化学術研究都市(愛称:けいはんな学研都市)にあるATR(株式会社国際電気通信基礎技術研究所)の研究員として最先端のウェアラブルシステムなどを研究・開発していた桑原准教授は、その傍ら、テレビ電話を使った遠隔傾聴システム構築の実験プロジェクトなどにも参加していました。そういう下地が彼に「思い出を紡ぐプロジェクト」を想起させたのでしょう。しばらくして、彼は研究所から大学に拠点を移します。

「研究者時代は、とにかく最先端のものをめざして日々を過ごしていたのですが、実験を終えると現場から機材を撤収してそれっきりになることが多く、成果を根付かせることができませんでした。でも大学では、現場で実際に活用できるものを研究・開発できる。じっくりと長期間にわたって取り組んで成果を根付かせることができるんですね。世の中の役に立っているという実感があって、とても充実しています」と桑原准教授は微笑みました。

京都府北部、雪深い京丹後市で
「思い出を紡ぐプロジェクト」はスタート

「これが、おばあちゃんの若いころ。隣が友だち。毎日、お手玉とかして遊んだなぁ。あのころはほんまに楽しかったわ……」。写真を次々と指さし、おばあちゃんが微笑みながら学生に語りかけます。学生が「おばあちゃん、美人やったんやねぇ!」と笑いながら答えます。おばあちゃんは「そんなことあらへん」と恥ずかしそうにつぶやきました。

ここは、京都府北部に位置する京丹後市網野町にある高齢者総合福祉施設「丹後園」。数年前から、この地に京都工芸繊維大学のサテライトキャンパスがある縁から、桑原准教授のゼミ学生が年に1~2回ほど訪問して、和気あいあいとした雰囲気の中、入居者の方々の「思い出ビデオ」づくりを行っています。「登録利用者は350人ほど。学生がマンツーマンで聴き取りをして写真を選んでいきます。おじいちゃん、おばあちゃんは、本当に若い子が好きで、話をしているうちにどんどん元気になっていきます。選んだ写真はスキャニングして、それに聴き取りしたコメントをキャプションにして挿入し、データベースを作ります。それを各人ごとに時系列で並べ、パンやズーム、画面切り替え、BGMなどの演出を加えて編集すれば『思い出ビデオ』のできあがりです」と桑原准教授。この“思い出ビデオ”を使って上映会が開催されます。一人ひとりの思い出をみんなで鑑賞するのです。上映会では、「あの隅っこに写っているのは○○ちゃん!一緒にいたずらして叱られたなぁ」などとあちらこちらから声が上がります。自分以外の人の写真を見ても、次々と記憶がよみがえってくるのです。上映会は、まさに「記憶発掘会」のようなもの。おじいちゃん、おばあちゃんの会話が弾み、顔が見る見る輝いていきます。

写真収集会場は和気あいあいとした雰囲気に おばあちゃんと学生が楽しげに話しながら写真を整理
(左)写真収集会場は和気あいあいとした雰囲気に
(右)おばあちゃんと学生が楽しげに話しながら写真を整理

「この上映会は“思い出ビデオ”というモノを使って、本人が関われるイベントというコトづくりをしているんです」と桑原准教授は語ります。「上映会も大切ですが、“思い出ビデオ”の制作プロセスもたいへん重要な役割を担っています。聴き取りを行う際に、いろんな記憶がよみがえってきて、高齢者の心を活性化していくのです。自分はかつては、こんなに社会に役立っていたんだ、とか、元気に暮らしていたんだ、とか。それが自分の肯定につながり、自分を大切にしようという気持ちを生み出すのです」。

心の奥底に忘れ物のように置いてきぼりにされた記憶の断片。それを再び拾い上げ、意識の表層に持ってくるような活動が「思い出ビデオ」づくりです。それは、言うなれば、自らの人生を再確認して、明日への希望をつくること。これが、まさに「思い出を紡ぐプロジェクト」のスタートでした。

冬になるとたくさんの雪が降り、閉ざされた地となる京丹後市。「丹後園」のおじいちゃん、おばあちゃんたちは、桑原准教授をはじめゼミの学生たちの訪問を春の到来を願うような思いで、心待ちにしているようです。

おばあちゃんの思い出の写真は家族と撮影したもの 上映会はさながらお祭のようなにぎやかさ
(左)おばあちゃんの思い出の写真は家族と撮影したもの
(右)上映会はさながらお祭のようなにぎやかさ

画像情報は、記憶保持・想起に有効
アメリカで画期的な研究レポートに出会う

2006年、アメリカを訪問していた桑原准教授はある学会で画期的なレポートと出会います。それは、マイクロソフトリサーチ社と英国ケンブリッジの病院(Addenbrooke’s Hospital)が共同で行った「写真を使った記憶の強化」に関する研究レポートでした。心拍数などのセンサーを取り付けることができるセンスカムという特殊なデジタルカメラを使って、被験者がわくわくした場面などでシャッターを切るように設定して実験は行われました。被験者は、初期の認知症を患った初老の女性。夫は、彼女に感情的刺激を与えるために度々旅行に連れ出しました。しかし、彼女は旅行の記憶を保持することができず、いつも「行った、行っていない」のケンカになってしまっていました。ケンブリッジの病院に相談したところ、センスカムで撮った画像を使って記憶の強化ができないか、という実験をすることになったとのことでした。

実験には①本人の旅の記憶を夫が記録する日記、②センスカムで旅行の様子を撮った画像、③何も残さない、という3つのエピソードが用いられました。このエピソードを2日に1回振り返り、記憶の「保持」「想起」を調べたのです。
その結果、③の場合、5日目には「保持」がゼロになってしまいました。①の場合は、なんとか「保持」をするのですが、2週間目に振り返りを止めて1カ月後に再開したときにはゼロになってしまっていました。ところが②の場合だと1カ月後でも「保持」することができ、2カ月後、3カ月後でも「保持」が続きました。しかも他のエピソードへの「記憶の想起」もあったと伝えられていました。

「これだ!と感じました。このレポートを“エピソードではなく写真の記憶なのではないか”と言う人もいるのですが、大切なことは“記憶を保持することで夫婦の関係が改善された”ということです。こんなふうにICTのひとつであるデジタル画像を使った記憶の再構築によって人間関係が改善されるなら、本人・家族・ケアスタッフが複雑な人間関係をつくっている介護の現場で活かせるはず。ぜひ、自分の力で日本版をつくってみたいと考えました」

桑原准教授の熱い想いが、パーソン・センタード・ケアに一石を投じる「メディアセラピー」という新しいシステムを生み出す原動力となりました。

センサーを取り付けて特殊な撮影ができるセンスカム 写真を使って振り返りをすると記憶の定着が図れる
(左)センサーを取り付けて特殊な撮影ができるセンスカム
(右)写真を使って振り返りをすると記憶の定着が図れる
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グループホーム「てらど」と一緒に
独自の「メディアセラピー」を実施

認知症を発症してグループホームにやってくる人の多くは、家族や社会とのリンクが外れ、ケアスタッフとの関係性が築けていないという孤独な状態に陥っています。いわば「生きていることへの痛み」で充たされているのです。しかも、それをうまく表現できず、放っておくと、ますます痛みは強くなっていく一方です。家族にしても本人の意思がうまくくみ取れず、へとへとになっています。ケアスタッフにおいても、本人の思いが理解できずに質の高いケアを実施することができない状況になりがちです。パーソン・センタード・ケアを実現し、ケアの質を高めるために、家族やケアスタッフが本人の個性を理解し、3者のコミュニケーションの深度を深められるような新しいシステムが求められていました。

そんな状況の介護現場において、新しいケアシステムとして提唱されているのが、桑原准教授とグループホーム「てらど」が共同で推進している「メディアセラピー」です。
「記憶を媒体として、本人・家族・ケアスタッフという関係者の間を取り持ち、みんなを“幸せ”にしようというのが、このセラピーの目的です」と桑原准教授。「思い出ビデオ」と同様に、まず本人のこれまでの写真や映像を集め、そこから本人にとってより思いが強いであろうものを選び出します。それを編集するのですが、「思い出ビデオ」と異なるのは、パンやズーム、画面切り替えなどの演出をしないところ。映像を作品ではなく媒体として捉えてもらうための工夫です。また、媒体としての役割を増強するため、本人や家族が興味のあるところをピックアップできるように拡大や移動などの操作ができるインタラクティブな機能を持たせています。

「メディアセラピー」では、この映像を使って、本人・家族・ケアスタッフの3者によるセッションが行われます。セッションは、1回約1時間、週に1回の頻度で6回開催されます。約1カ月半にわたる長丁場です。その間、みんなで一緒に本人の生活歴を振り返っていきます。その中で、本人には、これまでの自分が社会に果たしてきた大きな役割を思い出してもらいます。家族には、もう一度本人の成し遂げて来たことを見て尊敬の念を取り戻してもらいます。ケアスタッフには、本人の人となりを深く知ってもらうことで信頼関係を築く一助にしてもらいます。

これまで、グループホーム「てらど」では、3例の「メディアセラピー」が実施されました。いずれの例でも、本人の心地よさの向上が見られ、家族の本人に対する感謝の念が復活し、本人とケアスタッフとの信頼感も増しました。「3例目では、東京にいるお孫さんとスカイプでつないで、セッションを行いました。“私はもう半分あの世に足を突っ込んでいる”と言うおばあちゃんに対してお孫さんは“また会いに行く、おばあちゃんを抱きしめに行く”と答えました。みんな、その会話を泣き笑いしながら聴いていたんですよ。こんなことができるのもICTのおかげかもしれません」と桑原准教授は語ってくれました。

「てらど」でのメディアセラピーのセッションの様子
「てらど」でのメディアセラピーのセッションの様子

-グループホーム「てらど」インタビュー・レポート-
本人の心の痛みを和らげ、家族やケアスタッフとの
関係性を改善するメディアセラピーの実際

ここで、実際にメディアセラピーの現場になったグループホーム「てらど」の土井輝子ホーム長のお話を紹介します。
「てらど」は、土井医院という24時間365日、主治医が電話1本で対応できる在宅療養支援診療所を母体とした認知症対応型のグループホームとして、2011年に設立されました。その理念は「医療と介護の共同により、すべての方の笑顔ある毎日、自分らしい生活の実現をめざします」。メディアセラピーは、「利用者が過去の思い出を保持し、現在の記憶の形成を補う」「その過程で利用者の人間像を家族や介護スタッフが再認識する」ことを目的に映像を用いた「思い出ビデオ」により、その人の人生をさかのぼる回想療法として試みています。つまり、パーソン・センタード・ケアの実践を行おうとしているのです。
「認知症の人は、記憶というジグソーパズルがバラバラになった状態に陥っています。でも、バラバラになったピースにはマグネットがついていて、なんらかの方法でそれを機能させるとパズルが復元されたと感じることがあります」と土井輝子ホーム長はメディアセラピーへの期待を語ります。「認知症の人は、70年~90年分もの自分のストーリーを持っています。それを読み取り、活かしていくのがパーソン・センタード・ケアです。業務や作業だけのケアではなく、本当の意味での“その人の尊厳を大切にするケア”を実現しなければなりません。そういう視点で見ると、桑原先生の『思い出ビデオ』は、“キュアではないケアのアプローチ”に値すると考えています」。

「3例のメディアセラピーで数々の成果を収めることができました。ここでは2例目をご紹介します。対象になったのは80歳代の女性で要介護4に認定された方でした。18歳から53歳まで看護士として働き、長男と長女が巣立ってからは夫とふたり暮らしをされていました。気が強く、負けず嫌いですが、優しく情に厚い人柄で、夫への依存心が強いところがある方です。6回のセッションは、①幼少から青春時代、②結婚・新婚時代、③子どもたちとの20歳~30歳代、④長女と海外旅行をした43歳~45歳のころ、⑤仕事と家庭が充実した40歳~50歳代、⑥退職後、夫と旅行した50歳代以降という流れで実施しました。
その結果は、①夫とのなれそめや仕事の話など本人が笑顔になった話題を日常のコミュニケーションに取り入れることでスタッフとの関係性が向上した。②母親を受け入れられず、“いない方がまし”と考えていた長男が“写真を見て泣いたり笑ったりしている母親の姿を見て、感謝の気持ちと愛情が再認識された”など、家族の本人への意識の変化が見られた。③せん妄、妄想などの混乱の時間が減少、徘徊の減少、夜間の排泄回数が減るなど、本人の“快”の持続が見られるようになった、などが上げられます。
メディアセラピーにできることは、“その人の人生をみんなで振り返ることで、その人が生きて来た姿に触れ、心からの尊敬の念をつくり出す”ことではないでしょうか。まさに“その人らしさを生かし人としての尊厳を大切にしていこう”というパーソン・センタード・ケアの実践システムだと思います」と土井ホーム長。

「てらど」のメディアセラピーの取り組みは「NPO在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワーク 全国の集い」の実績交流会において優秀賞を受賞しました。「認知症の人は、記憶がつながらない、今までできていたことができない、といった苦しみ、すなわち苦痛の塊です。その苦痛を取り除くために、私たちは、ドッグセラピーやガーデンセラピー、お茶・お花といった伝統文化のおけいこなど、様々な仕掛けを設けて認知症の人の毎日を支えています。それは、本人はもちろん家族やケアスタッフが、愛想笑いではなく一緒に笑える時間を作り出すためです。これらのことは、認知症という病気になり孤独や不安、苦痛のただ中にいる認知症の方だけではなく、ストレス社会に生きている私たち全員に言えることです。私たちの少人数のグループホームの活動は介護の業務、作業に追われるのではなく相手の苦しみに焦点を当てて、ケアスタッフと認知症の方との関係性の力でその人の苦痛を少しでも軽くしようとしています。グループホームはゆとりある人員配置でそれに取り組むことができる介護保険サービスです。メディアセラピーはそんなグループホームから生まれましたが、色々な工夫と改良を加え認知症に苦しむ多くの人に活用されるものになれば良いと考えています」
そう土井ホーム長が語られるように、きっとメディアセラピーは、ICTを応用した効果的な仕掛けとして機能していくことでしょう。

パーソン・センタード・ケアについて熱く語る土井ホーム長 愛嬌を振りまくセラピードッグ・ピノちゃんは人気者
(左)パーソン・センタード・ケアについて熱く語る土井ホーム長
(右)愛嬌を振りまくセラピードッグ・ピノちゃんは人気者
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グループホーム「てらど」
名称:認知症対応型共同生活介護てらど
〒617-0002京都府向日市寺戸町初田15-1
TEL.075-924-3310

グループホーム「てらど」外観
グループホーム「てらど」外観
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ICTを駆使して、「記憶の地図」づくりに
チャレンジしていきたい

記憶は、年を経ることにより純化され変わっていくものです。その美しい記憶を胸に、人は明日への希望を持ち、生きる喜びを得ています。しかし認知症の人たちは、その「美しい記憶」を失って、明日への生きる希望を持つことができなくなっています。

写真や映像は「記録」です。そこに、関わった人たちの思いが込められてこそ「記憶」となります。「記録を基にして記憶をよみがえらせ、再構築するのが『思い出を紡ぐプロジェクト』の役割。いわば、記憶の可視化です。私が考えているのは“記憶は地図のようなもので、健常ならちゃんとした道筋で目的地に着くことができるけれど、認知症の人たちの地図には欠落があって、思うように目的地に着くことができないのではないか”ということ。記憶を可視化することで、地図の欠落部分を見つけ、道筋をつなぎ直すことができれば、認知症の人の痛みをずいぶんと和らげることができるのではないか、と考えています。そのためにもICTをもっと活用していきたいものです」と語る桑原准教授。「記憶の地図づくりは、いわばその人の人生そのものをすべてデータ化するようなもの。自分史や伝記づくりにも似ているかもしれませんね」

「思い出を紡ぐプロジェクト」は、今回紹介した「丹後園」や「てらど」の活動はもちろん、福島県いわき市中央台での震災復興などにも発展しています。写真や映像を使って、新たな気持ちで自分や家族を見直すというケアが全国に広がろうとしているのです。

「プロジェクトの大きな課題はマンパワーの問題を解決することです。デジタル機器の進化によって、スキャニングや編集などの手間は少なくなってきていますが、それでも膨大なマンパワーを必要としているのが現状です。そのような中、NTT西日本が展開している『思い出アルバムonフレッツ』(※)サービスは、効率アップに大いに活用できそうなので、とても期待しています」と桑原准教授。

これからも桑原准教授は、パーソン・センタード・ケアの考えに基づいてICTを駆使して「全ての方の笑顔ある毎日、自分らしい生活の実現」をめざして活動を続けられることでしょう。微力ながらでも、そのお役に立てることができたら、と願いながら取材を終えました。

いわき市での「思い出ビデオ」上映会の様子1 いわき市での「思い出ビデオ」上映会の様子2
いわき市での「思い出ビデオ」上映会の様子

※:「思い出アルバムonフレッツ」 自宅にある思い出データ(ビデオテープ、写真等)をデジタル化し、クラウド上に保管することで、インターネットを通じてパソコン等で視聴いただけるサービス。2014年4月より「フレッツアクセスサービス(インターネット接続サービス)」をご利用の方を対象に提供。詳しくは下記URLへ。
http://www.ntt-west.co.jp/omoide-album/

-編集後記-

桑原准教授は、自分の仕事を説明する際にSF映画をモチーフにするそうです。未来を創造する仕事を説明するにはうってつけの比喩なのではないでしょうか。
最近は『トランセンデンス』を例に挙げているそうです。この映画はジョニー・デップ主演。意識をすべてデータベース化できるコンピューターが登場する物語です。テロ組織に暗殺されたデップは、妻の手でその意識をコンピューターに移植されます。そして、世界中のあらゆる情報を取り込んで全知全能の存在と化します。
決して桑原准教授は記憶を盗んだり、世界征服を企んだりはしていしませんが、「良い方向に記憶を向かわせる」という彼の活動をわかりやすく伝えるために、こんな比喩をしているのだそうです。
「記憶の地図化」とは、その人すべてのデータベース化です。『ブレードランナー』でも描かれていましたが、人が人らしく生きていくには「記憶」というものが重要なファクターになります。様々な記憶を組み合わせてストーリーをつくって、人は自分のアイデンティティーを構築しているのです。だから、「私は誰?ここはどこ?」という記憶を失った状態に陥ったとき、人はパニックを起こすのです。そのパニック状態のひとつが認知症といえるでしょう。
桑原准教授が進めている「記憶の地図化」により、認知症の人たちが受けている「痛み」が少しでも和らげられることを願って止みません。

桑原教彰准教授
-プロフィール-

桑原教彰准教授
博士(工学)
京都工芸繊維大学 工芸科学研究科先端ファイブロ科学部門

[略歴]
1965年3月生まれ
1987年3月 東京大学工学部精密機械工学科卒業
1987年4月 住友電気工業株式会社, 研究員
1993年1月 (株)ATR通信システム研究所 研究員
1996年5月 博士(工学)(東京大学)取得(論博)
2002年9月(株)ATR知能ロボティクス研究所 主任研究員
2007年4月 京都工芸繊維大学 准教授
[専門分野]
感性情報学・ソフトコンピューティング, メディア情報学・データベース, リハビリテーション科学・支援工学
[研究課題]ヒューマンメディア、支援工学

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