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桃山学院大学社会学部社会福祉学科教授 石田易司さん インタビュー

“いろんな人がいるからこそ、世の中はおもしろい” 桃山学院大学社会学部社会福祉学科教授 石田易司さんインタビュー

一方的に学生に教える授業ではなく、学生自らに考えさせる授業を。そんなユニークなコンセプトで学生たちにボランティアの本質とは何かを伝えている桃山学院大学社会学部社会福祉学科の石田易司教授。今回は、理論にとどまらず、実践として福祉活動と向き合ってこられた石田教授の、これまでの体験とこれからの想いをお伺いしました。

“他人ごとですまさない人”を育てたい。

世の中には、いろんな人がいてほしいな。

編集部:石田教授の授業はおもしろい、と評判なんだそうですね?
石田:今、他学部の生徒に「ボランティア論」を教える講座を持っています。登録している生徒は180人くらいなんですが、いつも100人以上が出席してくれています。他の講座と比べて、とても高い出席率です。それを評判が良いというかどうかは別として、とにかくぼくの授業は、“一方的に講義するというスタイルではない”のがいいようです。
編集部:具体的には、どんなスタイルなんですか?
石田:まず、授業を始める前に、生徒たちに“赤”と“緑”の2枚のシートを配っておきます。授業では、ぼくは生徒たちにいくつかの質問をします。たとえば、「90歳では1/2の人が認知症になるというデータがありますが、認知症になっても90歳を超えて生きたいですか、認知症になるくらいなら90歳までに死にたいですか」という設問に対して、周りにいる何人かでグループを作ってもらって討論してもらいます。そのあと、最初に配ったシートで意思表明してもらいます。生きたい人は“赤”、死にたい人は “緑”をあげてもらうのです。そして、なぜ生きたいのか、なぜ死にたいのか、それぞれの意見を聞いていきます。
なぜ、こんなスタイルをとっているかというと、“福祉を他人ごとですまさないでほしい”と思っているからなんです。だから、“一緒に考えよう”というスタイルを採用しました。生徒一人ひとりが、“参加しながら考え”、“考え方の多様性を知り、受け入れ”、“それを理論化し、言語化し”、“第三者に伝える”ことを大切にしています。そして、この一連のプロセスをとおして、“生徒たちは、自ら考え、対峙している問題と向かい合い、その問題を自らと関連づける能力を身につけることができる”と考えています。

授業で配られる“赤”と“緑”の意思表示シート

編集部:様々な問題を自分の問題として“考えること”を学ぶのですね。
石田:そうなんです。“考えること”が大事だと思うのです。福祉学科に学ぶ生徒たちの目標のひとつに社会福祉士の資格を取るということがあります。社会福祉士というのは、合格率が30%という狭き門の資格です。いわゆる“成績の良い生徒”が合格します。ぼくは、成績を評価する側に身を置いているわけですが、この“成績の良い生徒” というのが曲者だと思っています。というのも、成績は“いかに考えたか”ではなく“どれくらい憶えたか”で評価される傾向にあるからです。社会福祉士とは、人を相手にする職業です。人間関係を基本にした仕事なのです。それには、知識の豊かさ以上に的確な判断力が求められます。自分とは異なる価値観を受け入れる包容力と他人が置かれている立場を自分のこととして感じられる想像力が必要なのです。だから、ぼくは授業を通じて生徒たちに“様々な問題を他人ごとですまさない。そんな自ら考えられる人になろう”と誘っているわけです。

授業中に行われた意思表示の結果表

誰もが、誰かの役に立つことができる。

編集部:“世の中の役に立ちたい”と福祉の世界に来る人もいますね。
石田:“役に立つ”ということは大事なことです。でも、必要以上に意識して“役に立とう”とシャカリキになることもないのでは……、とぼくは考えています。例えば、今回の大震災におけるボランティア活動でもあったことなのですが、一人の学生が“飯を食わせろ”とか“布団を用意しろ”など、ボランティアにあるまじき自己中心的な要求をしたとします。すると、その批判は、“その学生”だけでなく“学生というもの”に向けられてしまいます。そして、“学生のボランティアはいらない”ということになってしまうのです。往々にして、ひとりそのような人がいると十把ひとからげで判断されてしまうことがあるんですね。これはぼく個人の考え方ですが、被災地に行ってなにもしないボランティアがいても良いと思うのです。もちろん、迷惑をかけるのは論外ですが。“この人がいてくれるだけで気持ちが和む”というような人がいてもいいのではないでしょうか。世の中、効率ばかりでは図れないと思います。これも多様性を認めるということにつながるのですが、どんな人でも必ず誰かの役に立っているはずなのです。言い換えれば、誰でも世の中で、なんらかの役割を担えるのです。“この人は障がいがあるから……”とか“この人は年を取っているから……”という理由で、阻害してしまうことは良くないことだと思います。“誰もが、誰かの役に立つことができる”。そんな視点で、それぞれの人に応じた役割を見つけることも福祉の大きな役割のひとつではないか、と考えています。

福祉=ガマンと考えるのは違うと思う。

編集部:今の日本の福祉について、実践者としてはどう感じられていますか。
石田:オーストラリアの福祉に関心があって、あれこれ調べたりしているのですが、現地のとある高齢者施設を訪問したら、髪の毛をきれいにセットした女性がいました。話を聞いてみると、週に1度は若い頃からかよい慣れた街の美容院に連れて行ってもらっているというのです。しかもその費用は、日本でいうところの介護保険(オーストラリアではHACC:Home And Community Care)で賄われているそうです。オーストラリアでは、旅行に出かけたり、映画を見たりはもちろん、競馬やカジノに行くことまで本人が望むなら、公的な経費での支援が可能だといいます。
一方で日本の福祉はどうでしょう。特別養護老人ホームの設備及び運営に関する基準の第16条の2には、「特別養護老人ホームは、一週間に二回以上、適切な方法により、入所者を入浴させ、又は清しきしなければならない。」とありますが、この基準を受けて、たいていの施設が“週に二回しか”入浴させていません。中には毎日でもお風呂に入りたい人もいるでしょうに…。でも、それは“ぜいたく”とみなされるようです。日本にはまだまだ福祉の対象者は、“ガマンして当たり前”という風潮があるようです。

日本の福祉は、対象者にガマンをさせてしまっています。

編集部:元々、日本には“ガマンは美徳”のような考えがありますものね。
石田:憲法第25条には「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と書かれています。日本では、この文言のうち“最低限度の生活”に着目して福祉が行われているように感じられます。一方、憲法第13条には「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」とあります。オーストラリアの福祉を見ていると、“最大の尊重を必要とする”ということをとても大切にしているように感じるのです。どちらが「豊かな社会」なのでしょうかね?
日本の福祉の現場を見ていると、4人部屋での生活や男性介護者による女性への入浴介護など、福祉対象者のガマンの上に成り立っていることが多々見られます。確かに費用の問題や人手のことを考えるとなかなか理想に近づけないのはわかります。また、福祉対象者にできるだけ平等に接するということを考えるとこのような状況になるのも理解できます。しかし、それはあくまでも福祉を提供する側の論理です。本来は、福祉対象者をより豊かにする、という視点に立たなければならないと思います。“一般の人がしてほしい当たり前のことを障がい者や高齢者にも当たり前に提供すること”が本当の福祉ではないでしょうか。それを実現させるためには、弱い立場に置かれた人がガマンするのではなく、その人たちの環境や待遇などを底上げし、全体を高めていくことが必要だと思います。

価値観が変わると、きっと福祉も変わる。

福祉対象者がより豊かになれる時代に期待しています。

編集部:東日本大震災で、世の中が大きく変わりましたが、福祉に影響はありますか。
石田:これまでは、“がんばったら、がんばった分だけ報酬が得られた時代”でした。でも、これからは、“がんばってもお金にならない時代”を迎えています。“勝ち組”なんていう言葉がもてはやされたこともありましたが、多くの人たちが“お金本位”の生活スタイルの追求に疲れてきたのではないでしょうか。“常に上を向いて進んでいく”ことは大変なことです。東日本大震災が起きて、多くの人が“人間本位の生き方”や“人と人とのつながりの大切さ”に気づいたように思います。そんな時代だからこそ、もう一度、“幸せって何だろう”と考えてみるべきなのではないでしょうか。それは、お金を持っていることではなく、たとえば、助け合える仲間を持っていることなのかもしれません。一人ひとりが“幸せって何だろう”と考える社会が実現できれば、きっと“本当の福祉の姿”が見えてくるような気がします。いずれにしても、いま“価値観が大きく変わる節目”を迎えていることは確かなことです。これをきっかけにして、これから先、福祉対象者がより豊かになれる方向へと時代は大きく進んでいくのではないかと、とても期待しています。

マイナスからはじまった福祉への道。

編集部:石田教授は、どんなきっかけで福祉活動と出会われたのですか。
石田:ぼくが福祉活動と出会ったのは大学に入学し間もなくでした。ある新聞社主催のキャンプに参加したのがきっかけでした。
あるとき、障がい者向けのキャンプに出かけました。参加者は、障がいのある子どもたちが80人に、ぼくたち学生が30人ほど。初日の晩ご飯はカレーでした。ぼくの担当は小学5年生の子で、何を言っているのかはっきり聞き取れなくて、1、2回は聞き直すのですが、3回目には「ふんふん」と適当に返事をしていました。その子は、手も震えてうまく食べることが出来ない様子でした。そんな中でも、彼ははしゃいで楽しそうでした。その様子を見ていて、ぼくはとても心が痛かったのです。
ぼくらは向き合ってカレーを食べていたのですが、突然、彼がクシャミをして飛んだ唾の塊がぼくのカレーの皿にベっとり入りました。ぼくは、カッコつけていたのでしょう。いやだなあと思いながらも、それを言葉にできず、ガマンしてそのカレーを食べました。しばらくしたら気分が悪くなって、トイレに駆け込んでしまったのです。この事件からぼくは長い間、自己嫌悪に苛まれ、障がいのある人と接することはできないのではないかという不安でいっぱいになりました。ただ、あきらめず、キャンプに参加し続けました。
続けているうちに不思議と不安が消え、自然体で接することができるようになりました。継続は力なりといいますが、まったくそのとおりですね。
このように、ぼくの福祉の道はマイナスから始まったのですが、マイナスだったからこそ、ヘンな気負いもなかったし、ここまで続けてこれたのではないか、と思います。

キャンプは石田教授のライフワーク

考える機会を与えてくれた多様な経験。

編集部:学校を卒業してからは、福祉とどう関われてこられましたか?
石田:大学を卒業して、すぐに公立高校の国語の教師になったんです。それは楽しかったですよ(笑)。でも10カ月ほどしたら、先のキャンプを主催していた新聞社の人から、“キャンプの責任者として来ないか” という誘いがあったんです。上司に相談したら、引き止めるどころか“君は教師に向いていないと思っていたから、ぜひ行ってみなさい”と転職に背中を押してもらったんです(笑)。
そんなわけで、その新聞社へ入社し、企画部という販売促進イベントを企画・運営する部署に配属されたのですが、キャンプのことばかりしていたらいいというものではありませんでした。入社早々に、いきなり広島出張を命じられました。ちょうど沖縄が日本に返還される年で、沖縄にいる被爆者の方に広島の原爆病院で診療を受けるための下調べをせよ、というミッションでした。チェルノブイリ原発事故から5年ほど経った時には、これまた被災した子どもたちを広島の原爆病院で治療するプロジェクトを企画し、事故現場に入って様々な調査をしたりしました。
一番印象に残っているのは、やはり阪神・淡路大震災ですね。現地に入って考えたのは、“最低3カ月は、現場に根づいてボランティア活動をしなければ”ということでした。早速、会社に企画書を提出し、資金を用意してもらって、3カ月間活動できる10人のスタッフを募って、現地に向かいました。幸いなことに、神戸福祉会館の一室を借りることができ、ここを拠点に3カ月間、ボランティア活動を行いました。これが47歳のときです。そして、50歳になった1998年(平成10年)に、現在の桃山学院大学に赴任したんです。新聞社にいた20数年の間、実に多様な経験をさせていただきました。そこで培ってきたことが、本当に、今に活かされていると実感しています。

人間本位の福祉文化創生をめざして。

福祉活動を文化に育てていきたい。

編集部:これからの福祉はどうあるべきか。お考えをお聞かせ願えますか。
石田:大阪市では、65歳以上の人の40%が独り暮らしをしているというデータがあります。家庭や地域がコミュニティとしての機能を失い、崩壊しようとしているようにも感じられます。そんな状況の中で、福祉はまさに“空気”のごとく当たり前に存在するものになっていくでしょう。しかし、その流れとは裏腹に、福祉の現場は過酷です。福祉対象者はガマンを強いられ、提供する側は過労によって疲弊しています。
この状況を改善するには、福祉活動を確固たるビジネスに育てていかなければなりません。ただ、“利益をあげること”を共通目的にした企業や“法律どおりに運用する”ための共通ルールを持つ自治体などは、組織が作りやすくビジネスモデル化することも容易でしょう。しかし、日常の維持を目的とする福祉団体は、目的があいまいだったり、責任の所在が不明瞭だったりで、組織化やビジネス化が難しいという特徴があります。これを克服するには多くのハードルを超えていかなければなりません。
まだまだ課題が山積みの福祉活動ですが、まずは、“人間本位の福祉文化”を育てることから始めたいと考えています。それには、先にも言った“一般市民ができていることを障がい者や高齢者も当たり前にできる社会”を築くことが必要なのではないでしょうか。それは決して、福祉対象者がどこかでガマンしたり、提供者が自分の都合でサービスを行ったりする中で成し遂げられるものではないはずです。ごく“当たり前”に、ごく“自然体”にできてほしいものです。それには何が必要なのか。ぼくはその質問にこう答えたいと思います。“いろんな人がいるからこそ、世の中はおもしろい”と思って生きていこうよ、と。

-編集後記-

とにかく明るく元気な方でした。ついついおしゃべりに熱中してしまい、いつもの倍近い時間をかけた取材となりました。福祉活動やボランティア活動となると、ついつい“してあげている”という“上からの感情を持ちがちなのですが、石田教授のお話を伺っているうちに、“障がいのあることや高齢になることは人間の特徴のひとつだ”ということがよく理解できました。多様性を受け入れることができれば、ハンディキャップを個性の要素のひとつと捉えることができるのですね。不器用な人もいれば、失敗ばかりする人もいる。良いところばかりの人はいないけれど、悪いところばかりの人もいない。“いろんな人がいるからこそ、世の中はおもしろい”そう話す石田教授の瞳は、子どものように澄んでいて、キラキラと輝いていました。
石田 易司
-プロフィール-
石田 易司(いしだ やすのり)
桃山学院大学社会学部社会福祉学科教授。1948年生まれ。京都府立大学文家政学部卒業。京都府立木津高等学校教諭をへて朝日新聞社入社。厚生文化事業団で社会福祉・青少年育成事業を担当。1998年から現職。
その他、大阪市いきいきエイジングセンター館長、大阪市ボランティア情報センター所長、日本キャンプ協会常務理事、日本福祉文化学会副会長など。
おもな著書に、『新・福祉文化シリーズ2 アクティビティ実践とQOLの向上』(編集代表、明石書店、2010年)、『認知症高齢者キャンプマニュアル―いつまでも自然の中へ』(明石書店、2005年)、『定年後のボランティア―中高年の新しい生き方』(明石書店、1999年)、『オーストラリアの野外レクリエーション』『ラーニングバイドゥーイング―体験するグループワーク』(以上、エルビス社、2006年)など。
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