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ルポルタージュ 1球50円からのつながりと支援「エコボール」

糸の切れたボロボロの野球練習球に、スタッフの手で再び命を吹き込む。そんな「エコボール」活動に取り組む、NPO法人 就労ネットうじ「みっくすはあつ」ルポルタージュをお届けします。

エコボール
エコボール
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「カッキーン!」
金属音が響き、鋭いライナーが飛びました。どよめく観衆。
スローモーションのようにセカンドのグラブに吸い込まれていく白球。そして、沈黙……。
審判が親指を立てた右手を大きく天に突き上げました。
試合終了。グラウンドにサイレンが鳴り響きます。

2013年、春の選抜高校野球大会5日目第3試合。
甲子園初出場の京都翔英高校野球部の春は終わりました。
対戦相手は、福井代表の敦賀気比高校。この大会でベスト4に残った強豪チームです。
先制、逆転、再逆転、再々逆転……結局5対6での敗戦でした。

テレビの前で、この試合をじっと見つめるひとりの男性がいました。
NPO法人 就労ネットうじ「みっくすはあつ」のスタッフ小畑治さん。
昭和44年4月4日生まれの44歳です。

「みっくすはあつ」スタッフの小畑治さん
「みっくすはあつ」スタッフの小畑治さん
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「エコボール」がつないだ縁

京都翔英高校硬式野球部と小畑さんの関わりは、「みっくすはあつ」が取り組んでいる「エコボール」という活動を通じて生まれました。
「エコボール」とは、倉庫の奥にしまい込まれた、糸の切れたボロボロの練習用ボールを就労施設のスタッフの手で縫い直して、再び使えるようにしようという活動。修繕費は1球50円。「モノを大切に使おう」「もったいない」といった思いが込められています。2009年に京都府宇治市の「みっくすはあつ」が、全国に先駆けてスタートさせ、今では神奈川県、香川県、青森県、埼玉県、福島県など全国7事業所に広がっています。
納入先は、57校、6チームの合計63団体(2013年度)。甲子園出場経験のある強豪校やリトルリーグ(※)で活躍するチームなどにも採用されています。修繕球の総数も初期の500球前後から現在はおよそ2万球に増え、うち「みっくすはあつ」では年間5千球を手がけます。このように急成長している「エコボール」活動は、様々なメディアや企業からも“新しい就労支援のモデル”として注目されています。
実は京都翔英高校硬式野球部は、この「エコボール」を採り入れているチームのひとつなのです。野球部監督の太田弘昭さんにお話を伺いました。
「小畑さんとの出会いは、エコボールの活動を知り合いの中学校野球部の監督から紹介されたことがきっかけでした。実際にボールの修繕をお願いしたら、とても丁寧な仕上がりでびっくりしました。ひと針ひと針心を込めて縫っていらっしゃるのがよくわかりました。エコボールを見て、子どもたちの意識も少しずつ変わってきました。道具を大切に使おうという気持ちを持つようになり、グラブやバットはもちろん、トンボやローラーなどの器具まで丁寧に扱いだしたんです。それと、ボールを修繕することで自分たちを支えてくれている人たちがいることを知って、感謝の思いが芽生えてきたようです。そのことは練習態度はもちろん、彼らの生活にまで良い影響を与えてくれました」
※世界少年野球連盟。12歳以下の少年で構成する硬式野球リーグ。

甲子園初出場の翔英高校野球部に贈られた応援の色紙。試合中はベンチに置かれ選手たちを励ました(中央が太田監督)
甲子園初出場の翔英高校野球部に贈られた応援の色紙。試合中はベンチに置かれ選手たちを励ました(中央が太田監督)

小畑さんが話してくれました。
「さをり織や縫製、喫茶店運営など、様々な事業を行っていますが、エコボール活動では野球部という、これまでになかったところとの縁が生まれました。みっくすはあつの理念は“ともにある”なのですが、“ひとつひとつの出会いをかけがえないものに…ひとりひとりの人生を人間らしく心豊かなものに…支えあって・つながりあって・響きあっていく”ということを実践するプロジェクトだと思っています」
小畑さんは、特に“支えあって・つながりあって・響きあって”というところを重視しているそうです。「エコボール」を知って、同じような活動をする企業も増えているようです。ある企業は就労施設にボールの修繕をしてもらい、それをすべて引き取って野球チームに供給するというサービスを始めました。その形では修繕する側とそれを使う側とのつながりが薄くなってしまって少し寂しい気もしますが、それでも小畑さんは、「どんな形であっても同じような活動が広がることはいいことです。できれば、それぞれの地元で広がっていけば、うれしいですね」と笑います。

様々な人と支えあい、つながりあいたいと話す小畑さんと、黙々と作業するメンバー 全国統一の「エコボール」パンフレット。表紙には日本プロ野球OB会のロゴが
(左)様々な人と支えあい、つながりあいたいと話す小畑さんと、黙々と作業するメンバー
(右)全国統一の「エコボール」パンフレット。表紙には日本プロ野球OB会のロゴが
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「2009年に始めたときは、本当に小さな動きでした。納入先は東宇治高校野球部だけで、年間500球ほどでしたから。それが、いろんな人の紹介などでつながりが広がっていって、今や全国に賛同する人たちが増え、みっくすはあつに見学に来られる人も増えました。そのような状況の中で、現在7カ所の就労支援施設がエコボール活動に取り組んでいます。そして昨年からは、日本プロ野球OBクラブ(公益社団法人 全国野球振興会)がオフィシャル・サポーターとなって、活動を支えてくださっています」
まさに、いろいろな人や組織が “支えあい・つながりあい・響きあって”「エコボール」活動は続けられているのです。そんな中で、「みっくすはあつ」はお世話役のような存在。ここを中心に就労支援の新しい輪が、どんどん広がっています。

「エコボール」活動を支える大きな力

実は、「エコボール」活動をスタートさせるのに大きな影響を与えた人物がいます。
それが、大門和彦さん。横浜大洋ホエールズ(現・横浜DeNAベイスターズ)と阪神タイガースで活躍した元プロ野球投手です。彼は地元の東宇治高校出身で、現在はコンサルティング会社を経営されています。
大門さんに小畑さんとの出会いをお伺いしました。
「小畑さんのことは、僕が参加しているボランティア団体の会合で知りました。ある絵画が会合に出展されていたのですが、その絵にすごいエネルギーを感じまして。どこに行けばこの絵が手に入るのかを会のメンバーに聞いたら、ある方が小畑さんのことを教えてくれたんです。小畑さんが働いていた施設のお店で取り扱っていた絵だったんですよ。小畑さんがみっくすはあつの立ち上げに参加する前で、就労支援のハンドメイドショップの運営をされていたころです。数日後、ショップを訪ねて、絵画や絵はがきなどの作品を買わせていただいたんです」
それ以来、小畑さんとの交流が始まったそうです。ときには、大門さんの知り合いのアパート経営者から「施設内の清掃をしてくれる人はいないか」という相談を受けて、小畑さんを紹介したことも。その事業は、今でも「みっくすはあつ」の就労支援事業の大きな柱となっています。

修繕を待つボロボロになった練習用ボール 集中しながらも和やかに進められる縫い直し作業
(左)修繕を待つボロボロになった練習用ボール
(右)集中しながらも和やかに進められる縫い直し作業
*左の写真はクリックすると大きな画像が開きます。

「エコボール」を発案したのも大門さんです。
「母校の東宇治高校を訪問したときのことです。糸が切れてボロボロになったボールが倉庫の奥に山積みにされていたんです。監督に聞くと、最近の子どもたちは縫い直して使おうとはしない、と残念そうにおっしゃいます。
ボールを繕う時間があったら練習をしよう、という効率的な思いはわかりますが、野球は効率だけじゃない。うまくなること、勝つことも大切だけど、人間を育てることがもっと大切なことだと思います。道具を大切に扱うこともそのひとつではないでしょうか。僕が高校生のころは、練習が終わってからボールの修繕をしたものでした。ボールひとつひとつを大切にしていましたから。
“もったいないなぁ。なんとかできないかなぁ……”。そんなことを思っているうちに、ふと小畑さんの顔が浮かびました。“そうだ、彼の就労施設でボールの修繕ができないものか”と。それで、さっそく相談に行ったんです」
小畑さんは、このアイデアに可能性を感じ、快諾しました。でも、「みっくすはあつ」の皆は、ボールが2本の糸で縫われていることすら知らない状態です。大門さんは東宇治高校の野球部監督と一緒に「みっくすはあつ」を何度も訪れ、ボール修繕の方法を指導しました。やがて、「みっくすはあつ」のメンバーは技術を修得し、実際の活動がスタート。晴れて、大門氏の母校・東宇治高校野球部に「エコボール」が納品されたのです。
その後も大門さんは、「エコボール」の普及に尽力されます。元プロ野球選手のネットワークを活用して、全国の高校や大学の野球部、リトルリーグチームなどに紹介して回ったのです。それが、現在の広がりをつくる土台のひとつになりました。日本プロ野球OBクラブのオフィシャル・サポーターの件も、大門さんの奔走によるところが大きいのです。
「最初は、助成金を出そう、という話もあったんです。でも、一過性のサポートじゃダメだと思ってお断りしました。その代わり、継続性のあるオフィシャル・サポーターを提案して了承してもらったんです」と大門さん。本物の支援の姿が、そこにありました。
「エコボール」活動にとって、大門さんは欠かせない存在。それは、彼の中にも“ともにある”という思いがしっかりと根づいているからなのでしょう。

「エコボール」で、新しい就労支援のモデルを探る

現在、「みっくすはあつ」には50人の登録があり、毎日35人ほどの人がやって来ます。スタッフは20人ほど。そこで、物品の販売や喫茶店での調理・接客、清掃などの事業が行われています。「エコボール」活動もそんな事業のひとつ。
「就労施設で働く彼らの工賃は、全国的な平均で1人月額1万4千円程度です。時給にすると169円ほど。みっくすはあつは1人月額2万円程度ですが、200万円の年収があってもワーキングプアと呼ばれる時代に、これはあまりに低すぎませんか」
と語る小畑さんは、少しでも単価の上がる事業を探っています。そこで可能性を見いだしたのが「エコボール」なのです。
「しかし、ただ単に修繕球を5千球から1万球に増やし、単価を上げることが目標ではありません。すべては、みっくすはあつの理念“ともにある”につながっており、『エコボール』という取り組みを媒体として、工賃アップはもちろんのこと、教育や啓発、人とのつながりや仕組み作りなど様々なことについて、皆で考えていく糸口にしたいと思っています」

「エコボール」を核に就労支援のモデルを探りたいと話す小畑さん  
「エコボール」を核に就労支援のモデルを探りたいと話す小畑さん  
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エコボールの良いところは、作業の完了がわかりやすいということです。
「清掃などのように、どこまでしたら終わりなのかわからないということがない。縫い終わったら完成ですから。だから、メンバーも安心して作業に取り組めます」と小畑さん。さらに続けて
「エコボールのメンバーは19歳から57歳までの男女10人ほど。1人平均で1時間に5~6球の修繕をしています。とても丁寧に仕上げてくれます。最初は、切れたところだけ縫い直すということで、1球50円に設定したのですが、最近は全縫いの発注が多くなっています。そこで新しい価格設定を考えているところです。また、香川県でのことなのですが、皮を張り替えるサービスにチャレンジしています。1球200円くらいをめどにしていますが、これが成功したら各地の施設でノウハウの共有を図っていきたいと考えています。そのほか、古いグローブや折れたバットの再利用なども検討しているんです」と、野球を軸にした事業の可能性を探っているそうです。
「100球縫い直すのに1,000円分ほどの糸が必要になります。それをこちらで負担すると工賃が著しく下がってしまいます。現在は、地元のスポーツショップから無償提供してもらったり、学校に負担してもらったりして対応しています。このような、様々な支援の上に成り立っているのがエコボール活動なのです。各地の施設でも同じような苦労があるようです。でも、そこは大門さんをはじめプロ野球OBの方々が尽力してくださって、いい方向に向かっています。“支えあう、つながりあう”ということの大切さを実感します」と小畑さん。

“モノを大切にしよう”という思いから始まった「エコボール」活動。
モノをサイクルさせる動きは、今や心をサイクルさせる運動へとつながっているのでしょう。そして、その心のサイクルはいま、日本全国に広がっているのです。多くの人の思いが込められた「エコボール」は、いつかきっと大きなアーチを描いて、社会というスタンドに届くことでしょう。

エコボール
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-編集後記-

ボールを縫っていらっしゃる方がおっしゃいました。「ギューと糸を絞ると指が痛いんやで」と。そう言いながら、まぶしいくらいの笑顔でした。きっと、この作業が大好きなんだなぁと感じました。仕上がった「エコボール」を学校へ納品に行くことも彼らの楽しみのひとつだそうです。生徒さんたちから「ありがとう」と言ってもらえるのが、何よりうれしいと言います。「エコボール」は、いろいろな人をつないでいるんだな、と実感する取材でした。こんな活動がゆっくり、そしてしっかり社会に根づいてくれたらな、と願ってやみません。
特定非営利活動法人 就労ネットうじ みっくすはあつ-プロフィール-
特定非営利活動法人 就労ネットうじ みっくすはあつ
 
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「コーヒーハウスぱれっと」:出張喫茶、製菓作業
「かんしゃ工房」:自主製品製作(さをり織・染めもの・小物づくりなど)、出張販売、受託作業、高校・大学などの硬式野球部練習球の修繕(エコボール)
「ゆめハウス」:ゆめカフェ営業、製菓作業、下請け作業、清掃作業
「啓発事業」:バンドによる音楽活動、講演、染紙・さをり織の体験教室
 
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