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NTT西日本陸上競技部 堀越信司さん インタビュー

“走ることで、社会にアクションを起こしていきたい”NTT西日本陸上競技部 堀越信司さんインタビュー

大学2年生で、北京パラリンピックの5,000mと1,500mの日本代表選手に。視覚障がい者のカテゴリーであるT12クラスでは800m、1,500m、5,000m、10,000mで日本記録を保持。今回は、2012年のロンドンパラリンピック出場をめざす陸上競技界のホープ、NTT西日本陸上競技部の堀越信司さんにお話をお伺いしました。

なによりも“走ること”が大好きです

陸上競技界のホープ 堀越信司さん
編集部:堀越さんが陸上競技をはじめられるきっかけは何だったのでしょうか?
堀越:小学生のときには水泳をしていたんです。でも、“していた”というより、“やらされている”という感じでした。水の中では息ができないのがイヤだったんです(笑)。中学生になって、ぼくは長野の両親のもとを離れて筑波大学附属盲学校高等部に進学するんですが、これでやっと水泳が辞められると、うれしくなったのを憶えています。でも、からだを動かすことは大好きだったので、何かしたいな、と思っていました。ちょうどシドニーオリンピックの年で、陸上競技の短距離部門でモーリス・グリーン選手が大活躍していました。それを見ていて、“あ、これだ!”と思ったんです。それが、ぼくと陸上競技との出会いでした。
編集部:はじめたころから速かったんですか?
堀越:中学生の最初の記録会でのタイムは、1,500mを6分46秒でした。盲学校の中では速い方でしたが、一般的には少し遅いくらいでした。本格的に陸上競技に取り組んだのは高校に入ってからです。高校1年の5月に日本選手権があって、その大会で優勝することができました。それが自信につながったんだと思います。とにかく、走ることが大好きになりました。それ以来、ずっとその気持ちを保ち続けています。
障がい者スポーツは、そのハンディの部位や程度によって、きめ細かくカテゴライズされています。例えば、ぼくのような視覚障がいなら、全盲から弱視まで3段階に分かれています。全盲はT11、ぼくは真ん中のT12、もう少し軽い人はT13というクラスになります。現在、このT12クラスの800m、1,500m、5,000m、10,000mの日本記録を持っています。これらは、“走るのが好き”という気持ちがあったからこそできたことだと思っています。
京都にあるNTT西日本淀グラウンドでのトレーニング

悔しさをバネにして、もっと強くなりたいのです

編集部:世界を意識するようになったのは、いつごろからですか?
堀越:高校2年でしたから2005年のことです。当時、アジアパラリンピック大会の5,000m出場のための標準記録が16分43秒00だったんです。これならクリアできるかも……と大会に臨みました。結局、タイムは16分43秒87で、突破できずアジアパラリンピック大会への出場はならなかったのですが、これが世界を意識するきっかけになりました。
そして2007年、IBSAという4年に1度開催される視覚障がい者の世界大会がブラジルでありそのときに日本代表になることができました。
編集部:それから2年後の2009年、ついに北京パラリンピックの代表選手になったのですね。
堀越:そうですね。でも、2007年までは、パラリンピック出場に対する意識はほとんどありませんでした。関係ないと思っていたんでしょうね。でも、この年、1,500mで4分17秒00というタイムが出せたんです。IPC(国際パラリンピック委員会)が定めたパラリンピック出場の標準記録が4分15秒00だったので、選考対象となる大会までに、じっくり取り組めば記録を突破できる可能性が高かったので、意識しはじめたんです。そして、大学2年生のときに、北京パラリンピックに日本代表選手として出場することができました。種目は、5,000mと1,500mでした。
編集部:北京パラリンピック代表になって、変化したことはありますか?
堀越:大会に参加して感じたことは、その規模の大きさと世界のレベルの高さでした。自分の未熟さを思い知らされ、正直言って、とても悔しかったのです。もっと速く走りたい、もっと強くなりたいと思いました。だから、日本に帰ってからは、もっと工夫をこらしたメニューをつくって練習に励むようになりました。そうするうちに、グングンと記録が伸びはじめたんです。悔しさがバネになっていたのでしょうね。

自分と向き合うほど、強くなれる。

編集部:堀越さんの原動力は、“悔しさ”にあるような気がしますが?
堀越:そうですね。“悔しさ”を感じるためには、真剣に自分と向き合わなくてはなりません。それは、“自分にまだまだ満足していない”という事実を受け入れることだと思っています。もちろん、日本記録保持者や日本代表選手としての自信や自覚は忘れてはいけないのですが、自分と向き合って“未熟な自分”を見つけ出し、それを克服することで、もっと強い自分になれるのではないかと信じています。そういった意味では、“悔しさ”は、まさにぼくの原動力かもしれません。ブログ(http://ameblo.jp/run-hory/)にも書かせていただいていますが、「世界では、ラスト300mからが勝負!といった感じになります。キツい中で、まるで絞った雑巾からさらに一滴の水滴を絞り出すように、力を出しきった人間が勝ちます。それができるだけの力とメンタルを養っていくことが大きな課題です」と。これは、成績が散々だった、ある記録会の後で書いたのですが、このような次に繋がるような振り返りをしています。これからも、誇りと不満のバランスを保ちながら、自分と向き合って、より強い人間になっていきたいと考えています。これもブログに書いていますが、「壁は非常に高く、頑丈です。厚く、びくともしません。ですが、かならずぶち壊し、乗り越えてやろうと思います」。

“好き”から“仕事”へ。実業団選手のお手本になります

編集部:就職か進学かで悩まれたようですが。
堀越:悩んだというより、実業団の選手になるのは、夢のまた夢だと思っていました。大学では、福祉を専攻していたので、できれば大学院に残って、障がい者スポーツについて研究していこうと考えていたのです。
障がい者は、“普通ならできることができない人”と思われがちです。 そんな考えが、ときには過度の支援を生み出したりします。ぼくは、こういった“間違ったイメージ”をスポーツの感動を通じて変えていきたいと願っているのです。大学院に進んで、その研究や理論づくりをしていこうと動いていました。
そんなときに、NTT西日本から、“うちの陸上競技部に入らないか”と誘われたのです。それはビックリしました。NTT西日本の陸上競技部といえば、北京オリンピックのマラソン日本代表選手がいたり、箱根駅伝の経験者がいっぱいいたり、実業団の駅伝No.1を決める年始のニューイヤー駅伝大会(全日本実業団対抗駅伝競走大会)の常連であったりする名門チームです。そんなところから誘われて光栄でしたが、どうしようかと悩んだのも事実です。
高校の恩師やお世話になった陸連のコーチの方々にも相談し、散々悩んだ結果、夢に飛びつくことにしました。実業団に入ることは、学生時代からの憧れでしたから。実業団に入ることは、海抜0mからエベレストを眺めるような突拍子もない事柄だと思っていました。それが、現実のものになったのです。このチャンスを活かしたかったのです。大学院で理論を研究することは、選手を引退してからでもできます。今は、実践の方を大切にしたいと考えています。ぼくが走ることで、障がい者に対するイメージがポジティブに進化していくように、社会へアクションを起こしていけたら、と願っています。

実力を持った人たちと質の高い練習をこなす。

編集部:仕事と競技の両立に関して不安はありませんか?
堀越:練習の環境としては、大学時代よりずっとよくなると考えています、ぼくの大学には陸上競技部がなくて、練習場所を確保するにも苦労していましたから。陸上同好会をつくったり、他の大学の人たちとクラブチームをつくったりして、情報交換をしたりしながら練習をしていました。授業と練習の両立においても優遇されることはありませんでした。そんな中、時間をやりくりして、場所を探して工夫しながら練習してきたのです。それに比べれば、仕事にも練習にもより高い集中力を持って臨める環境に居られるのはうれしい限りです。
今まで“好きで走っていた”のですが、実業団に入ったら“走ることは仕事”になります。自分の走りに責任を持たなくてはいけないし、当然、結果を出さないといけません。でも、それをプレッシャーに感じるのではなく、より強くなるための厳しい道を選んだのだ、というポジティブな態度で臨みたいのです。
ハンディキャップのある実業団選手はぼくくらいしかいない、と聞いています。うちの陸上競技部でも障がいがあるのは私ひとりです。いわば、自分の道程がこれから続くハンディのある人たちの道しるべになるはずなのです。そういう意味でも、いいお手本になれるように気合いを入れて練習に励みたいと考えています。

支えてくれる人たちがいてくれたから、ここにいるのです

練習のあとは、選手、監督、コーチが集まってミーティング

編集部:これまでに、特に影響を受けた人はいますか?
堀越:影響を受けたというより、助けてくださった方がたくさんいらっしゃって感謝するばかりです。特に、障がいのある私を育ててくれた両親には心から感謝しています。また、やみくもに練習するのではなく、その意味や目的を理解して練習に当たること、素直な気持ちで辛い練習に耐えられる強い意志を持つことを教えてくださった盲学校時代の原田先生、「光ある方向を歩け」と示してくださった目白大学の学科長、トップレベルの技術と理論でアスリートとしてぼくを導いてくれるNTT西日本陸上競技部の監督やコーチ、先輩、同期のみなさん……。さまざまな人たちに支えていただいて、今のぼくがここに居るのだと思います。この事実への感謝の気持ちとNTT西日本陸上競技部員としての誇りを決して忘れることなく、日々精進していけば、どんな夢もかなえられるように感じています。

まずはロンドン大会。リオ大会では、メダルを狙います

編集部:いよいよ2012年はロンドンパラリンピックですね?
堀越:とりあえず、標準記録を突破しているので第一段階はクリアしたな、と思っています。ただ、標準記録が少し低めに設定してあるので、出場枠獲得の競争は激戦になると予想されます。決して安穏としてはいられないのです。これからは、コンスタントに好タイムが出せる実力を養っていかなければなりません。入学するのはカンタン、でも卒業するのはタイヘン……といった印象です。自分の実力をアップさせる点では、NTT西日本に入社できたのは、ほんとうにいいタイミングだったと思います。心おきなくロンドンに照準を合わせて練習することができますから。
正直言って、まだまだ、世界に太刀打ちできるような実力はありません。でも、ロンドンの次のリオデジャネイロでは、メダルを狙いたいと思っています。中長距離選手のピークは20歳代後半から30歳代だと言われています。ぼくはちょうどリオやその次の大会にピークを迎えることになるのです。今からロングタームで目標を設定して、練習を重ねていったなら、決して不可能ではないと信じています。誰かの言葉にもありましたよね。「夢は見るものではなく、つかむものだ」と。

いつか、ニューイヤー駅伝で走ってみたい……と考えています

「リオでのメダル獲得」、「ニューイヤー駅伝出場」と夢は大きくふくらむ

編集部:パラリンピック以外で、将来の夢を聞かせてください?
堀越:いつかフルマラソンにチャレンジしたいと思っています。2時間20分00切りを狙いたいですね。そして、これはとてもハードルが高いのですが、ぜひ、ニューイヤー駅伝で走ってみたいのです。言葉にすることさえおこがましいことなのかもしれませんが、ぼくの大きな夢のひとつなのです。今は、こんなことを話すことさえ恥ずかしいような未熟な実力しかありませんが、精進を続けて、いつの日かかなえたいのです。
もし、ぼくがニューイヤー駅伝に出場できたとしたらどうでしょう。障がいがあるとかないとか関係なく、陸上競技ができるということを示せるのではないでしょうか。ハンディがあってもなくても同じ可能性を持っているという証明ができるのではないか、と思っています。とても高いハードルですが、たとえ行けなくても近づくことが大事だと考えています。そのためにも、夢を決してあきらめることなく、しっかり前を見つめて走り続けていきたいと考えています。これからも、ひとりでも多くの人たちに、走る感動と喜びを伝えていきたいと思います。ありがとうございました。

-編集後記-

取材をしていて、ひとりのアスリートの面影が浮かびました。アメリカのMLBで活躍中のイチロー選手です。彼は、優れたアスリートであると同時に、哲学者あるいは禅僧のような面も持っています。すなわち、客観的に自分を見つめ、その分析結果からストイックなまでに自分を律して自己を高めていくところがあるのです。そんな厳しく自分と向き合う姿勢を堀越さんの言葉の端々に感じることができました。新しい陸上競技の世界をつくりだす開拓者としてのスピリッツがひしひしと伝わってきました。彼が思い描くように、いつの日か、ハンディキャップを超えてスポーツの感動が伝わるような社会になってほしいと願います。そのためにも彼にはいつまでも走り続けてほしいものです。
堀越 信司
-プロフィール-
堀越 信司(ほりこしただし)
1988年7月19日、大学で言語学を教える父と税理士の母の間に生まれる。長野県出身。生後間もなく網膜芽細胞腫により右眼を摘出、左眼もその影響で視力0.05の弱視に。筑波大学附属盲学校を経て、目白大学卒業。中学校より陸上競技をはじめる。種目は中長距離。2011年、NTT西日本に入社。現在は、NTTマーケティング アクトの116・IP部企画担当に所属。陸上競技部に入部している。
◇主な戦績
2007年、IBSA世界選手権出場、10.000m3位、5,000m5位入賞。
2008年、北京パラリンピック日本代表、1,500m・5,000m日本記録樹立(当時)。
2010年、アジアパラゲームズ(中国・広州)日本代表、5,000m銀メダル、10,000m出場
2011年、IPC世界選手権(ニュージーランド・クライストチャーチ)日本代表、800m出場、5,000m6位、10,000m5位入賞。
T12クラスの800m・1,500m・5,000m・10,000mの日本記録保持
◇ベストタイム
800m…2分02秒39
1,500m…4分10秒38
5,000m…15分42秒80
10,000m…32分12秒86

ブログ『堀越信司のブログ~独眼流・堀越の日常~』
http://ameblo.jp/run-hory/

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