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NTT西日本陸上競技部 堀越信司さん ドキュメント

“「信じる」ということは、「信じ続ける」こと”~14分48秒89の完全燃焼~ NTT西日本陸上競技部 堀越信司さん ドキュメント [撮影:パラフォト/佐藤亮]

世界中の人々に熱い感動を与えてくれたパラリンピックロンドン大会。今大会は164の国や地域から、およそ4,300人の選手が出場、日本からも135人の選手が参加して開催されました。連日、トップアスリートたちが活躍した中、陸上競技男子5000mT12クラスで、5位入賞を果たしたのが、NTT西日本陸上競技部に所属する堀越信司さん。今回は、決勝レースの様子を交えながら、彼の活躍をドキュメンタリータッチでご紹介します。

1.Tadashi Horikoshi Japan……

4人目の選手紹介のアナウンスに堀越信司は、遠慮気味に手を振った。
8万人を収容できる巨大なオリンピック・スタジアムのトラックに、今、彼は立っている。パラリンピックロンドン大会の陸上競技男子5000mT12クラス決勝。彼は、日本代表選手として、この大舞台に挑もうとしているのだ。

4年前、北京大会の代表に選ばれた時は大学2年生だった。初めてのパラリンピック日本代表。日の丸をつけて走る。極度の緊張で、前日、食事が摂れなかった。気分が悪くて飲み込めなかったのだ。そして迎えた5000mの予選。ボロボロの体調に加えて、会場の雰囲気に呑まれた。地響きのような歓声、国際大会、中でもパラリンピックだけが持つ独特の雰囲気……。結果は悲惨なものだった。自己ベストを出すものの予選敗退。1500mも同様の結果だった。夢か幻を見ているような気分。「世界の壁」は、あまりにも高過ぎて、実感することすらできなかった。

あれから4年。その間、大学を卒業した。念願だった実業団選手になることができた。大好きな陸上を恵まれた環境で続けることができた。順風満帆……。いや、そうではなかった。ほぼ順調に自己ベストを出してはいたものの、レース展開は、決して褒められたものではなかった。前半は調子よく走れるが、後半にはペースが崩れる。粘りが利かない。そんなレースが続いた。毎回、人一倍反省し分析するのだけれど、次のレースに活かすことができない。そんなジレンマの中、監督からはいつも叱咤激励されていた。

4年前を振り返る堀越選手

2.On your mark(位置について) Ready(用意)

スターターの声がスピーカーから響く。スタジアムが揺らぐくらいの巨大な歓声が、一瞬、消えたように感じられた。自分だけの静寂……。いよいよ、この時がやってきたのだ。

思えば、近いようで遠い道のりだった。今回の代表に決まったのが7月。昨年の時点で、出場標準記録である16分台は切っていた。ただ、今回の大会は“少数精鋭でいく”と伝わっていた。おおよその基準は、“世界ランキング8位内”だという。当時、堀越の世界ランキングは6~7位。ギリギリのラインだった。その上、代表選手の人数枠が分からない状態だったので不安が募った。メダル期待度で選考が進められたら、自分はそれほど有利じゃない、と分かっていたからだ。2012年3月までの成績で選考されるという。そのプレッシャーもあり、いくつかのレースでは構えてしまい、力が入り過ぎて、思ったような記録を出すことができずにいた。

今期の目標は14分50秒台で走れるようになること。そのための練習メニューをコツコツと積み重ねていた。しかし、結果は15分10秒台。「これだけのメニューをこなしているのに、なぜ15分が切れないのだろう」と堀越は納得できずにいた。悔しさを感じる中、劣等感さえ抱いていたのだ。

そんな中、“パラリンピック代表選手”に決定。発表当日、彼は職場でパソコンの画面にくぎ付けになっていた。「F5(更新)ボタンを連打してました」と彼は笑う。「決まった時は、ほんとうにホッとしました。と、同時に、あと2カ月で、ベストパフォーマンスができるように調整していかなければ……というプレッシャーを感じた」という。

7月の1カ月間は、長めの距離の練習をこなした。いわば基礎固めの時期だ。北海道深川市での代表合宿では、ロングジョグを取り入れて、7日間で330kmという自動車並みの長距離を走破した。
7月末には、網走で合宿。ここではスピード重視の練習で、自分を追い込んだ。そして、8月に入ると広島で合宿。いよいよロンドン大会に向けての調整段階に。
1カ月半にわたる3つの合宿で、彼は思うような成果が出せずにいた。広島合宿が終わったのは大会2週間前。目標にしていた“コンスタントに15分を切る”ような力を修得することはできなかった。特に、広島合宿の最終日に行った2000m×3本の練習はタイム的にもマインド的にも、とてもひどい出来で、監督やコーチから大叱責された。「ミスったなぁ……」と思ったものの「あと2週間ある。なんとかなる」と自分を励ました。「同じ出場するなら、心身ともに“いい状態”に持っていきたい」と考えていたからだ。過去を振り返って落ち込んでいるような“余裕”はなかった。

8月23日、堀越は早めにロンドン入りする。出発当日の午前中まで練習をしていた彼は、現地での調整に賭けていた。「今持てる力を最大限に発揮するため」にゆとりを持って現地に向かったのだ。29日開会式の後、男子5000m T12クラスは、大会3日目の31日に予選、大会6日目の9月3日に決勝という予定だった。それが、9月3日の一発決勝に変更となった。「体調を再調整しなけらばならない、予選がないので雰囲気をつかむための準備が不足する」といったデメリットが生じることが心配だった。しかし、こういったデメリットをポジティブシンキングでメリットにしてしまうのが堀越の実力のひとつである。「一発決勝なら予選落ちの心配がない」と喜んだのだ。そして、余念なく現地での調整を行った。長距離を走ることはせず、スピード重視の練習でからだに刺激を与えた。そして、8000mのセットで動きをつくり、短めのインターバルを入れ、整えていった。「この時点で“強くなる”ということはない。ただ、調子をあげるのみ」という割り切りでメニューをコツコツとこなした。「この調整はかなりうまくいった」と堀越も満足していた。後に、「これがうまくできたから結果が出た」と振り返っている。

現地に駆け付けた応援団の皆さんと

3.Go!!

ピストルが鳴った。

各国を代表する9名(正確に言うと1名伴走者がいたので計10名)の選手が一斉にスタートした。200mを過ぎたところで、モロッコ、チュニジア、ケニヤの3選手が飛び出した。あまりに速過ぎる。堀越は、彼らについて行かず、自分のペースを守った。「これまでの経験から、15分を切れば、うまくいけばメダル争いに絡めるかもしれない。これまでの世界記録は14分24秒02。きっと優勝タイムは40秒台くらいだろう。必ず前から落ちてくる者がいるはず。勝機はある」と考えていたという。先頭の3人は63秒台という驚異的なラップタイムで周回を重ねる。一方、堀越も68秒台で周回していく。これまでにない超ハイペースのレース展開だ。北京の頃の堀越なら、無理に先頭についていって後半、いや中盤で力尽きていたかもしれない。しかし、今の彼にはレースでの駆け引きなど、さまざまな経験を積んだ実績がある。冷静沈着な判断力がある。決して他人のペースに巻き込まれない、確固とした自己を持ちはじめたのだ。

視力のせいもあるが、先頭とどれくらい離れているのかまるで分からない。それほど差がついていた。でも、堀越には少しも不安がなかった。フィールドでは女子の走り高跳びが行われていて、試技の一つひとつに大きな歓声が起こっていた。そんな天地を揺るがすような音も堀越には届かなかった。「聞こえていないわけじゃないんですが、まったく気になりませんでしたね。それほどレースに集中できていたのだと思います」とレースを振り返る。

7周目、3000mを超えると、先頭の選手たちは、8位、9位の選手たちを周回遅れにしていた。約半周200mの差をつけられていた堀越はこの頃、スペイン選手と5位争いでしのぎを削っていた。監督やコーチからも「粘りの弱さ」を指摘されていたくらい、堀越は、ラストの競り合いが苦手だった。スパートで勝てる気が、まるでしなかった。それでも「このスペイン選手だけには負けたくなかった。勝って、どうしても5位になりたい」という強い気持ちがあった。
堀越はタイミングを計っていた。スペイン選手と足が当たりはじめた。「もうそろそろスパート?いや、まだまだ……」

ラスト2周に入り、残り500mとなった。「ここだ!」堀越は走りのギアをスパートにチェンジした。この距離でスパートする者はほとんどいない。「意表を突いたんでしょうね。それがよかったのかもしれない」堀越はスペイン選手の前に出た。スペイン選手も必死に食らいついてくる。彼も堀越と同様、国を代表して、このトラックで戦っているのだ。簡単に諦めるわけはない。つば競り合いの中、ラスト200mの地点で堀越はギアをチェンジして再スパート。次第にスペイン選手は堀越の背中から、遠ざかっていった。

スペイン選手との粘り強い競り合いを経て……[撮影:パラフォト/佐藤亮]

4.Goal!!

レースは終わった。
ゴールしても自分のタイムが分からなかった。時計をつけて走ったのだけれど、うまく動いていなかったようだ。ぼーっとしていると、後ろの方からコーチが堀越を大声で呼んでいた。「堀越!やったぞ!やったぞ!堀越!」本人以上に大興奮していた。
堀越のレコードは、14分48秒89。これは、彼が目標としている14分50秒台をクリアする記録であり、自己ベスト、そしてアジアレコードである。彼は言う。「自己ベストももちろんだけれど、なにより、スペイン選手との競り合いを制して5位になれたのがうれしい。いいレース内容だった。次につながるレースができた」と。

これまで、大舞台に弱いのではないか、と自他ともに思っていた。でも、今回のレースで、そんなイメージを払拭することができた。「これでやっと監督に恩返しできました」と堀越は笑顔を見せた。そして、「何より、今回のパラリンピックロンドン大会でのレースが、これまで24年の人生の中でのベストレースです」と断言する。これからは「大舞台に強い堀越」のイメージが定着していくに違いない。そうあってほしいと思う。

1位のモロッコ選手の13分53秒76から4位のスペイン選手までの4人が、これまでのワールドレコード14分24秒02を破るという超ハイペースのレースだった。ちなみに、一緒に出場していた岡村正広選手も8位に入賞した。
堀越は思う。世界の壁はまだまだ高い、と。自己ベストが出た、5位入賞を果たした。自分なりの目標は達成できたが、メダル争いに絡むことはできなかった。それがなにより「悔しい」という。T12は弱視のクラスだが、全盲のクラスであるT11の5000mでは和田伸也選手が銅メダルを獲得した。これは、車イス以外のカテゴリーでは初となるメダル獲得という快挙だった。「和田選手とは日頃から仲良くさせてもらっていて、心から銅メダル獲得をお祝いしたいです。でも、ちょっと嫉妬もありました。しかしながら、彼を見ていて、“メダルを取りたい!”という気持ちがますます強くなりました」と堀越は語る。

一緒に出場した岡村選手と日の丸を背負って

5.Start

5位入賞記念に贈られた額を手に

終わりは始まり。そんな言葉がある。
まさに堀越にとって、パラリンピックロンドン大会が終わったということは、次のリオデジャネイロ大会がスタートしたということを意味する。北京大会の時は、あまりに高く感じられた「世界の壁」。それが、今や“超えられそうな存在”になろうとしている。それは「高い」かもしれないが、決して超えられない高さではない。その事実が見えてきた。「こんなに突然、記録が伸びることはめったにない。今回はある種異常です。それが分かっているので、私はコツコツと努力を積み重ねて、段階を踏んで強くなっていきます。」と堀越は、力強く語った。

マラソンに興味があるという堀越。もしかすると、自分はもっと長い距離の方が向いているんじゃないか、と思うことがあるという。次のリオデジャネイロ大会には、5000mとマラソンの両方に出たいとも考えている。「今回の岡村選手のようになりたい」という夢があるという。「マラソンなら2時間20分台で走れると思います。今回の5000mで私が競り勝ったスペインの選手は、マラソンで金メダルを取りました。記録は2時間24分台です。一方、5000mで2位だったチュニジアの選手は2時間26分台で3位。5000mで負けてもマラソンで勝つことができるのです。2時間20分を切れば、優勝を狙うことも可能でしょう」。終わりは始まり。堀越の夢は、どんどん膨らんでいる。

6.Dream

堀越は講演会などで、「障がい者スポーツは、“障がい者”スポーツではなく、障がい者“スポーツ”です」という話をするという。リハビリテーションとしてはじまった障がい者スポーツの場合、“障がい”という部分にスポットが当たりがちとなる。「それによって、障がいへの理解が進むこともあるので、とても大切なこと」と堀越は考えている。しかし、オリンピックでもパラリンピックでも、障がいのあるなしに関わらず“アスリート”は、純粋に“自己の限界にチャレンジしている”と。その姿に対して、多くの人が感動してくれているのだ、と。だからこそ、いい記録を出し、いいレースをする必要があると考えている。そして、いい記録、いいレースを生み出すためのプロセスが必要なのだとも。走りを通して、たくさんの人たちに感動を伝えたいと考えているのだ。そして、いつか、障がい者スポーツから“障がい者”の文字を取り去りたいとも考えている。「南アフリカのオスカー・ピストリウスがひとつの理想」だという。オリンピックとパラリンピックのどちらにも出場し、障がいのあるなしを超えてアスリートとして活躍している彼は、堀越にとっての目標なのである。

実業団の選手であること。それは、アスリートであるということ。つまり、結果を出すことを求められているということである。堀越は、それを自覚している。だからこそ、自ら制約を設けたストイックな生活をし、ロングタームで夢の実現を実践する。

信じる力で、アスリートとして感動を伝えていきたい

「4年後のリオデジャネイロ大会では、必ずメダルを取りたい」。堀越は、この思いをモチベーションに、4年間を過ごすという。この思いが続く限り、不安はないという。4年もの長期間、同じ夢を追い続けることは、猛スピードで変化し続ける現代社会において稀有のことかもしれない。でも、彼は真摯にコツコツと進んでいくに違いない。どんなに時間がかかろうとも、どんなに精神的に辛くとも。
それには、「自信」が必要だ。「自信」とは、「自らを信じる」こと。決して疑わずに、「信じ続ける」ことである。ロンドン大会前の地道な練習が決勝に活かされたように、どんなに苦しいことも辛いことも受け入れて進んでいけば、必ず、結果が出る=夢がかなう。それを、堀越がパラリンピックロンドン大会で証明してくれた。信じる力。それは、夢を叶える力である。


【障がいのあるなしに関わらず、陸上競技部の「仲間」です】
~NTT西日本陸上競技部 監督 清水康次氏 談~

力強いポーズで清水監督とともに

今期の目標を「5000mは15分を切る」ということに設定していたので、パラリンピックに出場するしないに関係なく、目標を達成できるメニューで練習を続けていました。パラリンピックに出場できることが決まってよかったのですが、練習不足で開幕までに「コンスタントに15分が切れる実力」まで持っていくことができませんでした。
私は現地で試合を観戦していたのですが、とても素晴らしいレース内容だったと思います。今までは、“本番にとても弱いんじゃないか”という印象がありました。調子が悪いと他人にすがってしまうようなメンタル的な弱さもありました。それが、あのレースでは、別人のようでした。自分自身に打ち克つことができて、きっと彼は大きく成長したに違いないと喜んでいます。
レベルの高い国際大会も経験しました。自己ベスト、アジアレコードもマークしました。彼は、実業団チームのメンバーです。私たちは、障がいに関係なく、彼がチームの一員だと考えています。これからも切磋琢磨して、「実業団選手として闘える人になってほしい」と思っています。期待しています。

※前回(2011年5月)の堀越選手インタビュー記事はこちら

-編集後記-

You Tubeにアップされていた5000mT12の決勝レースを観戦しながらの取材となりました。堀越さん本人の解説つきで、レースが見られて、スタッフ一堂「なんて贅沢」と嘆息しきり。堀越さんの登場頻度が低くて、少し残念でしたが、本人はブログで「映っていないところは見ている人の想像力でどうぞ。できるだけイケメンでイメージしてください」なんておどけていらっしゃいました。
前回の取材の折には、「ぜひ、ニューイヤー駅伝出場を」と激励させていただきましたが、今回は、「マラソン」に話題が。数年後、有名なマラソン大会で風を切って走っている堀越さんの姿がイメージとして浮かんできました。彼がブログで書いているように「13分台が無理とかアフリカ勢には絶対勝てないとか、そう思っていたら何もできません。“できる”と信じてできることをやっていくしかないと思います」ということが真理だと思います。こんな思いを礎にして、彼は一つひとつできることをコツコツと積み重ねて、大きな夢をつかんできたのだと思います。
どんなに遠くにある夢でも、一歩一歩進んでいけば、必ず叶えられるところまで近づけるはずです。要は、あきらめないこと。「信じていたのに…」なんて疑わないこと。タイトルのように「信じる」ということは「信じ続ける」ことだと思います。自分自身に対してもそうです。決して、あきらめずに自分を信じ続けること。そうすれば、必ず夢は叶うはずです。
堀越さんとお話をしていて、そのことがよく分りました。ありがとうございました。
堀越 信司
-プロフィール-
堀越 信司(ほりこしただし)
1988年7月19日、大学で言語学を教える父と税理士の母の間に生まれる。長野県出身。生後間もなく網膜芽細胞腫により右眼を摘出、左眼もその影響で視力0.05の弱視に。筑波大学付属盲学校を経て、目白大学卒業。中学校より陸上競技をはじめる。種目は中長距離。2011年、NTT西日本に入社。現在は、NTTマーケティングアクトの116・IP部企画担当。陸上競技部に入部している。
◇主な戦績
2007年、IBSA世界選手権出場、10000m3位、5000m5位入賞。
2008年、北京パラリンピック日本代表、1500m・5000m日本記録樹立(当時)。
2010年、アジアパラゲームズ(中国・広州)日本代表、5000m銀メダル、10000m出場
2011年、IPC世界選手権(ニュージーランド・クライストチャーチ)日本代表、800m出場、5000m6位、10000m5位入賞。
2012年、パラリンピック・ロンドン大会出場・5000mT12クラスで5位入賞(14分48秒89・アジアレコード)
T12クラスの800m・1500m・5000mの日本記録保持
◇ベストタイム
800m…2分02秒39
1500m…4分07秒30
5000m…14分48秒89
10000m…32分13秒61

ブログ『堀越信司のブログ~独眼流・堀越の日常~』 http://ameblo.jp/run-hory/

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